まち・文化

  • 2019年5月15日

    山内さんの愛おしいもの・コト・昔語り「堂番」と「拍子木」

    左より、サクラ、同、ナツメ、ツバキで作られた拍子木  ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。ふと耳にする山内さんのお話が面白い。「愛おしいもの・コト・昔語り」は、私が聞いた中でもこれはと思った、或いは伝えておきたい山内さん... 続きを読む

  • 2019年5月11日

    遙拝と遠望

    荒神山神社遙拝殿(市指定文化財)  2020年1月からのNHK大河ドラマは「麒麟がくる」。明智光秀の物語とあって、多賀町では明智十兵衛光秀多賀出身説で盛り上がっている。 DADAジャーナルでも2014年12月、『光秀伝承を残す城 明智丸』のタイトルで『ふることふみ』の古楽さんの記事を掲載した。大河ドラマは地元... 続きを読む

  • 2019年5月10日

    湖東・湖北 ふることふみ 56
    肥田城水攻め(前編)

    肥田城跡の碑  六角氏と京極氏の境目の城として時には攻撃を受けながらも、高野瀬氏は肥田城で着実に基盤を築いてゆく。そして宇曽川の水運を利用した発展を遂げ肥田城周辺には城下町も形成されていた。  戦国時代、北近江の京極氏は浅井亮政に実権を奪われ保護下に入る。亮政の子久政は六角義賢に従うことで北近江の安定を図り息... 続きを読む

  • 2019年5月6日
    No Image

    半月舎だより 30

    かえる先生のお引っ越し  帳場に座ったひとだけが見える場所に、一枚の写真が貼ってある。かえる先生こと細馬宏通さんとわたしが写っていて、古本市で絵はがきなどの箱をふたり並んで漁っている。「こんな写真見ながら働いているんですか」と、たいていのひとに苦笑いされる写真だが、わたしとしてはそんなに深い意味はない。パソコンを開い... 続きを読む

  • 2019年5月4日

    令和元年一日、多賀へ行く!

     「朔日」とは、太陰暦の月の第一日をいう。「さくじつ」或いは「ついたち」と読む。暦が月の満ち欠けによりできていた時代、月の一日は必ず朔(新月)の日から始まるようになっていた。だから朔日は一日なのである。  毎月一日に神社にお参りすることを「お朔日参り」という。無事に1ヵ月を過ごせた感謝と、新しい月の平穏無事を神さ... 続きを読む

  • 2019年4月17日

    化燈籠

    天明神社境内(犬上郡豊郷町雨降野)  春、花粉症である。突然に症状が現れ、重要な局面で鼻水とくしゃみに悩まされている。しかし、もろともせずに出かけるくらいでなくては、お日様に申しわけない。何の目的も持たず、ふらりと独りで出かけるのがいい。どうなるかわからない贅沢な旅がいい。  先日も配達途中のことだ。普段は、... 続きを読む

  • 2019年4月12日

    湖東・湖北 ふることふみ 55
    高野瀬氏

    高野瀬城趾の碑(犬上郡豊郷町高野瀬640)  近江は日本史上もっとも長い期間重要な経済大国だった。それは政治の中心が関西であったためであり、その関西圏から東国へ向かう場合には近江を通過しなければならなかったからだ。細かい話は別の機会に紹介するが江戸時代より前は日本の経済の半分は近江を通過している。  その近江... 続きを読む

  • 2019年4月9日

    山内さんの  愛おしいもの・コト・昔語り『大火と夜回り』

    夜回りをする子どもたち(昭和63年撮影)  ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。今回は、今月2日、3日に古橋で行われた〝オコナイ〟にちなんだお話。  2日間にわたって行われる古橋のオコナイは、前日に準備、当日には早朝から... 続きを読む

  • 2019年4月5日

    くくり猿と厄除け!!

     2年ほど前になる。宗安寺(彦根市本町)の厄除庚申尊について書いた。  「庚申尊は青面金剛という仏教の守護神で、江戸時代、庚申の夜に青面金剛神をまつって徹夜する庚申待が盛んに行われたので、庚申さまという。  宗安寺の庚申尊は、元文5年(1740)尾張東照宮別当の導師により開眼され、彦根寶珠院に安置されていたが、明... 続きを読む

  • 2019年4月2日

    佐和山城址、石田三成公御腰掛け

    山城攻略 佐和山山頂、御腰掛け設置 清凉寺、御腰掛け設置  佐和山城最後の城主は誰か? 石田三成と答えたいところだが、井伊直政である。関ヶ原合戦の後、慶長6年(1601)1月、井伊直政は徳川家康より佐和山城を賜り、3月には佐和山城に入った。翌年2月1日、合戦で受けた鉄砲傷が悪化し、佐和山城中で... 続きを読む

  • 2019年3月28日
    No Image

    半月舎だより 29

    春からはじまる本づくり  誰にでもあることだと思うが、なんでもないやりとりをふと思い出すことがある。店をはじめて最初に迎えた春のこと。「最近お店はどう?」と訊かれたので、「春になって、しぜんとお客さんが増えてきました」と所感を述べた。「そうかあ」とこたえたそのひとは、少し間をおいて思いがけずわらい、「春になって、とい... 続きを読む

  • 2019年3月14日

    湖東・湖北 ふることふみ 54
    将門伝説と平流山

     平将門の首は歌詰橋近くに埋葬されたとの伝承があり、現在は山塚古墳と呼ばれている。  しかし関東から近江まで首だけになって飛んでくるような将門の怨念がそのまま塚の中で大人しくなるはずはなかった。昭和48年に発刊された『日本の首塚』(遠藤秀男 雄山閣出版)には愛知郡千枝村の将門首塚伝説として「空をとんできた首が落下... 続きを読む

  • 2019年3月11日

    山内さんの愛おしいもの・コト・昔語り『疱瘡送り』

    喜平さんの母・小春さん 疱瘡送りに使う作り物  ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。ふと耳にする山内さんのお話が面白い。「愛おしいもの・コト・昔語り」は、私が聞いた中でもこれはと思った、或いは伝えておきたい山... 続きを読む

  • 2019年3月4日

    近代滋賀の教育人物史

     「いわゆる『〇〇県教育史』というような自治体発行の教育史が、全国で唯一、滋賀県にはないんですよ」と教えてくれたのは、愛荘町立愛知川中学校教頭を務める久保田重幸さんだ。全県を網羅しての教育史に関する大々的な調査・研究が、滋賀県では行われていないのだという。だからと言って、滋賀県には教育史について特筆すべきことがな... 続きを読む

  • 2019年2月28日
    No Image

    近江の民謡1
    鈴鹿馬子唄

    〜坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 アリャ 雨が降る〜  滋賀県は古くから交通の要衝だった。南北を結ぶ道、東西に伸びる道。琵琶湖を囲むように発達した道は、北国街道や中山道、東海道として整えられ、今もその名残を見ることができる。 〝馬子〟とは、人や荷物を馬の背に乗せて運ぶ人の事である。  鈴鹿山脈の南端で滋賀県と三... 続きを読む

  • 2019年2月25日

    半月舎だより 28

    まちの定点観測者  親族があるわけでもなく、そういう意味では縁もゆかりもない彦根にどうして店を構えているのかと尋ねられることがある。高校卒業後、彦根にある大学に進学して、気に入ったのでそのままこのまちに住みついています。そう答えれば、大方納得してもらえる。そう答えながら思い浮かべているのは、まちの風景よりも、こ... 続きを読む

  • 2019年2月13日

    湖東・湖北 ふることふみ 53
    歌詰橋と将門伝説

    歌詰橋の碑  中山道の宇曽川に架かる橋は「歌詰橋」と呼ばれ、その名前の由来はよく知られたものであるが改めて紹介したい。  天慶3年(940)、平将門は関東で新皇を自称し京都の朝廷から独立した国家を作ろうと挙兵した(平将門の乱)が、藤原秀郷に討たれた。秀郷は京に凱旋するため東山道(後の中山道)を進んでいると将門... 続きを読む