彦根市の記事一覧

  • 2019年6月14日

    湖東・湖北 ふることふみ 57
    肥田城水攻め(中編) まち・文化

    肥田城水攻め堤防址  永禄2年(1559)4月3日から始まった肥田城水攻めの詳しい経緯を知る手掛かりはほとんど残されていない。数少ない情報から考察すると、堤防を築き宇曽川と愛知川の水を流し込んだ六角軍は城を囲んだまま安食に本陣を置く。そのまま戦いを仕掛けることはなくこう着状態となる。水を留めるということは大き... 続きを読む

  • 2019年6月4日
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    蓑火と森川許六 まち・文化

     「蓑火(みのび)」という妖怪と森川許六が繫がった。  『百鬼解読』(多田克己著 講談社)に、明治時代の妖怪研究家井上円了の一文が引用されている。「近江の琵琶湖には不思議な火があると古老は言う。旧暦五月頃の幾日も降り続く梅雨の、ま近な景色もよく見えないほどの天気の暗夜になると、湖水を往来する船夫の簑に、まるで蛍火のよう... 続きを読む

  • 2019年5月11日

    遙拝と遠望 まち・文化

    荒神山神社遙拝殿(市指定文化財)  2020年1月からのNHK大河ドラマは「麒麟がくる」。明智光秀の物語とあって、多賀町では明智十兵衛光秀多賀出身説で盛り上がっている。 DADAジャーナルでも2014年12月、『光秀伝承を残す城 明智丸』のタイトルで『ふることふみ』の古楽さんの記事を掲載した。大河ドラマは地元... 続きを読む

  • 2019年5月10日

    湖東・湖北 ふることふみ 56
    肥田城水攻め(前編) まち・文化

    肥田城跡の碑  六角氏と京極氏の境目の城として時には攻撃を受けながらも、高野瀬氏は肥田城で着実に基盤を築いてゆく。そして宇曽川の水運を利用した発展を遂げ肥田城周辺には城下町も形成されていた。  戦国時代、北近江の京極氏は浅井亮政に実権を奪われ保護下に入る。亮政の子久政は六角義賢に従うことで北近江の安定を図り息... 続きを読む

  • 2019年4月30日

    平成のDADA Journal article 未解決ベスト3 特集

     669号。平成最後の発行となる。DADAジャーナルは昭和64年(1989)に創刊、平成という時代、まるまる在り続けたことになる。あと数日で令和元年を迎える。当然、来月のDADAは令和初の号である。  特別感がありなんとなく嬉しい……。平成元年の頃は、人生まだまだ斜に構えていたが、令和は大袈裟ではなく素直に喜びを受け入... 続きを読む

  • 2019年4月5日

    くくり猿と厄除け!! まち・文化

     2年ほど前になる。宗安寺(彦根市本町)の厄除庚申尊について書いた。  「庚申尊は青面金剛という仏教の守護神で、江戸時代、庚申の夜に青面金剛神をまつって徹夜する庚申待が盛んに行われたので、庚申さまという。  宗安寺の庚申尊は、元文5年(1740)尾張東照宮別当の導師により開眼され、彦根寶珠院に安置されていたが、明... 続きを読む

  • 2019年4月2日

    佐和山城址、石田三成公御腰掛け まち・文化

    山城攻略 佐和山山頂、御腰掛け設置 清凉寺、御腰掛け設置  佐和山城最後の城主は誰か? 石田三成と答えたいところだが、井伊直政である。関ヶ原合戦の後、慶長6年(1601)1月、井伊直政は徳川家康より佐和山城を賜り、3月には佐和山城に入った。翌年2月1日、合戦で受けた鉄砲傷が悪化し、佐和山城中で... 続きを読む

  • 2019年3月28日
    No Image

    半月舎だより 29 まち・文化

    春からはじまる本づくり  誰にでもあることだと思うが、なんでもないやりとりをふと思い出すことがある。店をはじめて最初に迎えた春のこと。「最近お店はどう?」と訊かれたので、「春になって、しぜんとお客さんが増えてきました」と所感を述べた。「そうかあ」とこたえたそのひとは、少し間をおいて思いがけずわらい、「春になって、とい... 続きを読む

  • 2019年3月14日

    湖東・湖北 ふることふみ 54
    将門伝説と平流山 まち・文化

     平将門の首は歌詰橋近くに埋葬されたとの伝承があり、現在は山塚古墳と呼ばれている。  しかし関東から近江まで首だけになって飛んでくるような将門の怨念がそのまま塚の中で大人しくなるはずはなかった。昭和48年に発刊された『日本の首塚』(遠藤秀男 雄山閣出版)には愛知郡千枝村の将門首塚伝説として「空をとんできた首が落下... 続きを読む

  • 2019年2月25日

    半月舎だより 28 まち・文化

    まちの定点観測者  親族があるわけでもなく、そういう意味では縁もゆかりもない彦根にどうして店を構えているのかと尋ねられることがある。高校卒業後、彦根にある大学に進学して、気に入ったのでそのままこのまちに住みついています。そう答えれば、大方納得してもらえる。そう答えながら思い浮かべているのは、まちの風景よりも、こ... 続きを読む

  • 2019年2月13日

    湖東・湖北 ふることふみ 53
    歌詰橋と将門伝説 まち・文化

    歌詰橋の碑  中山道の宇曽川に架かる橋は「歌詰橋」と呼ばれ、その名前の由来はよく知られたものであるが改めて紹介したい。  天慶3年(940)、平将門は関東で新皇を自称し京都の朝廷から独立した国家を作ろうと挙兵した(平将門の乱)が、藤原秀郷に討たれた。秀郷は京に凱旋するため東山道(後の中山道)を進んでいると将門... 続きを読む

  • 2019年1月31日

    カロム ミニ・スリム登場 まち・文化

    一番上がカロム ミニ・スリム。  カロムは滋賀県の北東部で明治時代中頃から遊び継がれてきた伝統遊具だ。四隅にポケット(穴)がある正方形の盤上で、扁平な円筒形の玉を指で弾きながら行うビリヤードに似たボードゲームである。キャロム、カランボ、カロン、康楽球(カーロンチュー)など呼び方やルール、盤のデザインは少しずつ... 続きを読む

  • 2019年1月28日
    No Image

    半月舎だより 27 まち・文化

    冬眠するお店たち  年が明けた。どうしてか今年は年末年始という感覚がいつもに増してうすく、ぼんやり過ごした。  「一年の目標は100ほど書き出すとよい。誓いをひとつにしてしまうと果たせなかったときに痛手だが、100も挙げればいくつかは果たせる」という知人のことばに感銘を受けた。先日から、目標らしきことを思いつくたびに... 続きを読む

  • 2019年1月8日

    いつか松茸山のように まち・文化
    荒神山ファンクラブ

     11月の終わり、雨上がりの日曜日に荒神山を訪れた。かつて「松茸山」として有名だった荒神山にふたたび松茸を、と活動している荒神山ファンクラブの、「松茸復活プロジェクト」の作業が行われると聞いたからだ。ファンクラブ代表の水野華織さんに案内してもらい、色とりどりの落ち葉を踏みしめながら、整備された山道をふもとからのぼ... 続きを読む

  • 2019年1月8日

    湖東・湖北 ふることふみ 52
    明治維新の彦根藩 まち・文化

    桑名城開城時に焼かれた辰巳櫓址  第二次長州征伐は彦根藩にとって大敗を喫する戦だったが幕府にとっても将軍徳川家茂の死で停戦せざるを得なくなる汚点となった。歴史は大きく動き1年後には大政奉還が行われるが、その間に彦根藩も大きく動いた。  まずは井伊直弼存命中には、直弼との意見の違いから江戸藩邸で軟禁状態に置かれ... 続きを読む

  • 2019年1月4日

    半月舎だより 26 まち・文化

    絵のある日々  秋から冬にかけてのふた月ほど、半月舎の壁に絵のある日々を過ごした。10月なかばから11月初旬にかけてはマメイケダさんの個展「彦根の飲食店」、12月初旬からなかばにかけては後藤美月さんの絵本「おなみだぽいぽい」原画展と、店で立て続けに絵の展覧会をひらいたためだ。出舎し、店のシャッターを... 続きを読む

  • 2018年12月12日

    湖東・湖北 ふることふみ 51
    小瀬川の戦い まち・文化

    小瀬川古戦場(大竹市)  桜田門外の変以来、幕府に冷遇されながらも幕府方として戦い続けてきた彦根藩だったが、幕府方としての最後の戦いとなるのが第二次長州征伐において芸州口の先鋒を務めたことだった。  彦根藩は天狗党の上洛を阻止するために出陣していた頃、多くの藩は第一次長州征伐に加わっていた。これは禁門の変の責... 続きを読む