余呉町の記事一覧
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2011年9月21日
焼畑の斜面に立つ! まち・文化
山仕事の無事と焼畑の豊穰を祈って祝詞があげらた 「焼畑=環境破壊」というイメージができあがったのはいつからだろう。実は、「焼畑」は日本でも山間部などでは伝統的に行われてきた農法だ。滋賀県でも昭和40年頃まで行われていたそうだ。 山の斜面を焼くことで灰が肥料となり、雑草を抑え害虫の駆除になる。耕作した土地は1... 続きを読む
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2011年9月6日
6年振りにシャグマが揺れた まち・文化
長浜市余呉町下余呉太鼓踊り(県指定無形文化財)の奉納が、8月21日行われた。6年振りだという。 下余呉には式内社が2社あった。乃彌(のみ)神社と乎彌(おみ)神社で、寛延2年(1749)に合祀(ごうし)され、乎彌神社となった。式内社は、延長5年(927)にまとめられた『延喜式神名帳』に記載され... 続きを読む
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2011年5月11日
余呉にぴったりのスイーツ お店
居川屋さんの「かりんとう饅頭」 大河ドラマの「江」の初回で、幼い江が饅頭をほおばって、馬にも食べさせる場面があった。あんこを馬に食べさせて大丈夫なのかという余計な心配をしていた頃、噂を聞いたのが余呉に本店をもつ和菓子店「居川屋」さんの「かりんとう饅頭」だった。すぐに売り切れてしまうそうだ。 小ぶりの饅頭を... 続きを読む
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2011年5月2日
余呉の14年、三代目の梅の木 まち・文化
畑野佐久郎さん 余呉湖畔の直売所「余呉町はごろも市」に立ち寄ったときのことだ。レジ前の小さな瓶に目がとまった。ラベルには「梅エキス」とある。チラシに梅エキスは青梅を煮詰め、濃縮したもので『効き目は梅干しの30倍』と記されていた。梅干しなら日本人にはお馴染みだ。 梅エキスを作っておられるのは、町内の畑野佐久... 続きを読む
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2011年2月23日
江展望 2011
全長寺の囲炉裏ばたで、 市の最期を思う まち・文化全長寺 江の母、市は長政の自刃から10年後、柴田勝家に再嫁している。市は茶々・初・江の三姉妹と共に勝家の居城越前・北庄城へ移り住んだ。市は35歳、勝家は61歳。「本能寺の変」直後のことだった。しかし、1年もたたない間に、信長の後継を巡って賤ヶ岳の合戦が始まり、結婚生活は長く続かなかった。 柴田勝家vs羽柴... 続きを読む
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2009年9月16日
水の生まれる場所へ まち・文化
中央分水嶺・余呉トレイル行市山分水嶺ルートを確保し、頂上に至る。小谷山、伊吹山など湖北の山々が見渡せる 山歩きがブームである。今風に言えばトレッキングがブームであるとなる。植物観察や廃村巡りなど、山頂を目指すだけではない山歩きがトレッキングだ。そして、そのコースをトレイルと呼んだりする。廃村トレイル、自然観察トレイルなど、目的次第... 続きを読む
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2009年8月28日
最北、淀川の源 まち・文化
「淀川の源」と記された石碑 琵琶湖から流れ出る唯一の河川として知られる瀬田川は、宇治川、淀川と名前を変え、京都、大阪を潤し瀬戸内海に注いでいる。実はこの川の源が余呉にある。 余呉町を縦断するように走る国道365号をひたすら北上すると、余呉高原スキー場が見えてくる。このあたりは栃ノ木峠と呼ばれ、峠の向こうは福... 続きを読む
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2009年4月26日
奇祭 茶わん祭 まち・文化
2008年の茶わん祭の様子 5月4日。余呉町上丹生で伝統の「丹生茶わん祭」が行われる。 茶わんで飾りつけられた高さ10数メートルの曳山渡御を中心に、神輿や舞、しゃぎり(お囃子)などを子どもから大人まで、村中が一体となって奉納する奇祭だ。かつては3年に1度行われていたが、ここ数年、人手不足などが原因で、今年は... 続きを読む