ソラミミ堂

  • 2016年5月14日

    邂逅するソラミミ堂22 不思議なジョーロ

    イラスト 上田三佳  はるか西方に天変地異を目の当たりにした折からの日曜日に、ある瞑想の会に参加した。おおきな窓からひろびろと美しい西の湖を臨む絶好の会場であった。  その日天候はめまぐるしく推移し、それに呼応するように湖面は、一日のうちにまこと劇的に表情を変えた。はげしくさんざめく心、ひたむきに同朋の無事を... 続きを読む

  • 2016年4月6日

    邂逅するソラミミ堂 21 ブジネスチャンスがきた

    イラスト 上田三佳  新社会人たちにならって、ひとつ誓いを立ててみた。  よし、きめた。俺はこれから立派なブジネスマンになる!  なんだいさっそく誤植じゃないか。おいおい駄洒落かまじめにやれ! と叱られそうだが、本人いたって真面目なのである。  「BUSINESS(ビジネス)」よりまず「BUJINESS(ブジ... 続きを読む

  • 2016年3月8日

    邂逅するソラミミ堂20 カエル号で買える

    イラスト 上田三佳  カエル号は余呉のむらむらのおばあちゃんたちにとって小さなオアシスだ。このオアシスは、こちらが探して歩かなくても、向こうから訪ねて来てくれる。  カエル号は、軽トラックに日用品や食料品や、行く先々で仕入れた新鮮なうわさ話を満載して、きょうはここ、あしたはここ、と、むらからむらへ売りまわる、... 続きを読む

  • 2016年2月10日

    邂逅するソラミミ堂19 余生を「贈る」

    イラスト 上田三佳  先日子育てについて語り合う会に参加した。  子育てにそんなに熱心だったっけ?  白状すると、わが子が産まれたその瞬間から、僕の育児は、半分「余生」の仕事なのです。  わが子が産まれて、はじめて腕に抱いたとき、名状しがたい感慨がこみあげてきた。自分も人の親になる。さあこれからだ。  「始ま... 続きを読む

  • 2016年1月6日

    邂逅するソラミミ堂18 目に目を付ける

    イラスト 上田三佳  あの魚が水中の「猛禽類」だとは、思ってもみなかったけれど、言われてみれば、なるほどそんな風貌をしている。気高くて、精悍な面構え。  「ビワマスの目が好きなんや」。  と正吉さんは言った。  「鷲や鷹と同じ目をしているから」。  鷲鷹は天空数百メートルの高みにあってもその鋭い目でネズミのよ... 続きを読む

  • 2015年12月9日

    邂逅するソラミミ堂17 不思議の川

    イラスト 上田三佳  芹川はとても近いので、七つになる娘とでも散歩で行ける。  そろそろ雨になりそうだから、ちょっと散歩に行こうか、芹川まで。と言って誘い出した。  今日の散歩は、気持ちよく晴れていてはいけないのです。  アメノウオが、さんらんのために、びわこからそじょうしているかどうか、たしかめにいってみるこ... 続きを読む

  • 2015年11月4日

    邂逅するソラミミ堂15 空の底をおよぐ

    イラスト 上田三佳  金木犀がかおる道は、歩くというよりも、魚の類になって空の底をおよいでいる。  家ごとの庭の趣向や木の分布にもよろうが、またわずかな地形のちがいによっても香気に濃淡が生じる。四方から落ち合って流れ込み、澱のように沈殿するかおりの淵のような場所がところどころにある。うっかりはまると香気にまか... 続きを読む

  • 2015年10月7日

    邂逅するソラミミ堂14 無事というワザ

    作品 上田三佳  学生が一人、ある土地の暮らしについて学ぶために、住民一人ひとりから話を聞いて歩いている。先日、「こんなことを教えてもらった」としらせてくれた。  そのときは、暮らしを知るとはどういうことか、自分は本当に地域のことを分かっているか自問していた。そんな悩みを漏らしたところ、その人はこういう話をし... 続きを読む

  • 2015年9月10日

    邂逅するソラミミ堂13 夏の宿題

    作品 上田三佳  お盆も終わりという一日、ふと思い立ち、娘を誘って彦根港から遊覧船に乗った。行き先は、久しぶりの多景島。目的は、娘の自由研究を手伝って、ちょっとした下調べというところ。  じつは、自由研究は、ごきんじょのおばあちゃんたちに、せんそうのはなしをきいてみたらどうか、と提案してみた。  七十年前に、... 続きを読む

  • 2015年8月5日

    邂逅するソラミミ堂12 妖精の扉

    製作・写真  アトリエうみてて  神さまはどうだと言われたら、たしかにいるという人と、そんなのいないという人と、いるかいないかわからない、という人がいるのである。  鬼はどうだ、お化けはどうだと言われたら、たしかにいるという人も、そんなのいないという人も、いないかいるかわからない、という人もいるので... 続きを読む

  • 2015年7月8日

    邂逅するソラミミ堂11 守りを守りする

    イラスト 上田三佳  守りをする、というのはなんでもないことばのようだけれども、なかなかすごいことばである、とつねづね思っている。  いなかのお年寄りならば、子どもの、家の、田んぼの、畑の、お墓の、お寺の、神社の、道の、水路の、川の、草木の、森の、お山の守りをする、など何にでもこの守りということばをつかう。 ... 続きを読む

  • 2015年6月12日

    邂逅するソラミミ堂10 過去を育てる

    イラスト 上田三佳  かの高名な評論家は歴史について「記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう」と言った。そのうえで「上手に思い出す事は非常に難しい」とも*。  その難しいことを、しかも比較的若い青壮年世代がやってのけた。成果を一書にまとめ上げたと言って恵贈くださった**。ありがたく... 続きを読む

  • 2015年5月6日

    邂逅するソラミミ堂9 わがやのゆめ

    作品 上田三佳  今年の春祭りは、雨で神輿の渡御が取り止めになった。班長のはしくれとして、はりきって準備したので残念だ。  ちょうど一年前に、同じ町内の、そこからここへ引っ越した。というより「九」から「六」へ、湖に向かって櫛の歯状にほそくならんだ通りを二すじ、またいだ。  物理的にはわずかな距離だが、家を一軒... 続きを読む

  • 2015年4月8日

    邂逅するソラミミ堂8 村の斜交場

    イラスト 上田三佳  我が住む集落でもとなりの集落でも「若衆宿」あるいは「宿親」という習俗・制度があった。  一定の年齢に達した若者、ある集落では「元服」した男子。十五歳。そのおないどしが固まって、十名前後につき一組の同年集団をつくる。これを「若衆」とか「連中」と呼ぶ。  十五歳男子の親たちは、しめしあわせて... 続きを読む

  • 2015年3月4日

    邂逅するソラミミ堂7 goodさんで買った

     goodさんの家がどこにあるのか知っている人の数は、彼の仲間のうちに、今はどれくらいにあるのだろう。  周りの人に聞いても、こんなにたびたび出会っていても、知らない、と言っていた。送ると言って車に乗せても、ここらで降りる、といってしっぽをつかませないのだ、と言っていた。  それを知らないでいるということを、いつ... 続きを読む

  • 2015年2月6日

    邂逅するソラミミ堂6 きりきりのぼん

    イラスト 上田三佳  世話人さんが、墓地に案内してくれたそうだ。岩手県大槌町吉里吉里地区の、集落と海を見下ろすその墓地で、  「先生、ここにある墓のうち三分の一には、骨が埋まっておりません」  と世話人さんは言ったそうだ。  そして続けて、  「先生、ここは漁師の村です。ということは、何年かに一遍は、沖へ出た... 続きを読む

  • 2015年1月7日

    邂逅するソラミミ堂5 棒師匠

    イラスト 上田三佳  失われてしまったもの、そのためのワザ。行われなくなったこと、そのための知恵。  けれど本当に大事なことならば、きっといまでも、ぼくらのまわりにわれらのなかに、姿を変え、形を変えてひきつがれ、息づいているのだとおもう。  「てんびん棒」を担いでものを運ぶということは、昔はだれもがしていたが... 続きを読む