ソラミミ堂

  • 2019年3月20日

    邂逅するソラミミ堂39「一人前の子ども」たちへ

    「はんぶん紙ふぶき」  上田三佳  娘も10歳。早いものだと思う。学校では「二分の一成人」だといって親を招いてくれたりする。「這えば立て、立てば歩めの親ごころ」とは言うけれど、そんなにあわてて大人にならなくてもいいよ、とぼくは思う。  「半人前の大人」になったことよりも、むしろ立派に「一人前の子ども... 続きを読む

  • 2019年1月23日

    邂逅するソラミミ堂38「人鍋」の味

    イラスト 上田三佳  発祥の地では「クリスマス・ケトル」と呼ばれている。その「鍋」はこの時期、街頭の風物詩になっている。  歳末の人混みへ繰り出す、ということを最近はしていないのでわからないのだけれど、あの交差点に面した、いつもの百貨店のあたりに、今でも変わらずに出現しているのでしょうか、「社会鍋」※1 は。... 続きを読む

  • 2018年11月23日

    邂逅するソラミミ堂37 未遂の愉悦

    イラスト 上田三佳  趣味のない人間だということになっている。ただ一度若い友人を師匠とたのんでさかな釣りの手ほどきを受けたことはあった。道具もいっぱしそろえたが、一シーズン通ったきりで、いまその釣り具は隅っこでオブジェになっている。  はじめて行ったその日に大きなさかなを釣り上げた。いきなり大物を釣り上げて、... 続きを読む

  • 2018年9月19日

    邂逅するソラミミ堂36 まぬけな魔法使いの誓い

    イラスト 上田三佳  これはとくべつヒミツってわけでもないのだけれど、あなたがた、魔法使いのおはなしがすきな子どもたちでも│ひょっとしたら、魔法使いの子どもでも│知らないことかもしれません。  なにがといって、どんなお父さんやお母さんでも、よのなかに父また母とよばれるひとはだれでもが「魔法のことば」を知ってい... 続きを読む

  • 2018年7月18日

    邂逅するソラミミ堂35 ともに、無事に

    イラスト 上田三佳  昨年暮れに発表された統計で滋賀県は全国四十七都道府県中一番の長寿県(男性・平均寿命。女性は四位)になった。 以前から上位につけていたのだが、一位になるや皆の興味を引くことになり、雑誌やテレビが立て続けにこの話題を取り上げた。 「滋賀! なんで?」と、よっぽど意外だったのだろう、ある週刊誌... 続きを読む

  • 2018年5月23日

    邂逅するソラミミ堂34 朝の建設

    イラスト 上田三佳  『星の王子様』の作者サン=テグジュペリは人間について、こんなふうに言っている。 人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことだ。人間であるということは、自分には関係がないと思われるような不幸な出来事に対して忸怩たることだ。人間であるということは、自分の僚友が勝ち得た勝利を誇り... 続きを読む

  • 2018年3月15日

    邂逅するソラミミ堂33 できるにしびれる

    イラスト 上田三佳  「できる」とみずから名乗り出るには「自分への信頼」、すなわち「自信」が必要である。  では「できない」と打ち明けるのに必要なのは何かといえば、「他者への信頼」なのだと思う。この「他者」は「社会」や「世間」と置き換えて良い。  他者や社会への信頼というのを、うまくつづめて言えれば良いが、「... 続きを読む

  • 2018年1月24日

    邂逅するソラミミ堂32 むかしとった きねづか

    イラスト 上田三佳  妻子が寝しずまったあと、こたつにあたってうつらうつら、本を眺めていると、  コトン。  と向こうの障子が一度きり、鳴って止んだ。  おや、と思うと、猫のマメ、ストーブの前で四肢もしっぽも投げ出して、横ざまに腹をあぶっていたのが、首をもたげて音のあたりをじっと見た。一秒、二秒。で向き直るつ... 続きを読む

  • 2017年11月22日

    邂逅するソラミミ堂31 「株価」のはなし

    イラスト 上田三佳  県庁前の電光掲示板には、琵琶湖の水位や気温、溶存酸素の濃度などが逐次表示されているのです。と他府県の人に話すと「滋賀県民はどれだけ琵琶湖が好きなのですか!?」と感嘆されてしまった。  好きよりなにより、毎日の、健康チェックのようなもの。ほら、毎日欠かさず体重計にのったり、基礎体温や血圧を... 続きを読む

  • 2017年9月14日

    邂逅するソラミミ堂30 月が指にとまる

    イラスト 上田てる葉  龍樹菩薩が説いたとされる「指月の譬え」というのがある。 人の指を以って月を指し、以って惑者に示すに、惑者は指を視て、月を視ず。人、これに語りて、「われは指を以って月を指し、汝をしてこれを知らしめんとするに、汝は何んが指を看て、月を視ざる」  「指」を「言葉」あるいは「方法」に、「月... 続きを読む

  • 2017年7月13日

    邂逅するソラミミ堂29 きずはつくる

    イラスト 上田三佳 「造」という字のとなりか上か、そのどちらかに居るときの「創」という字はすなわち「つくる」という意味である。  ところでこの字は「絆創膏」の三字の中に置かれると、すなわち「きず」という意味になる。  「つくる」は「きず」だと気がつくまでにうっかり今までかかってしまった。  大工でもある友人M... 続きを読む

  • 2017年5月19日

    邂逅するソラミミ堂28 父の膝に座った

    イラスト 上田三佳  東京へ出かける用事があって、ちょっと時間があるようなら、上野へ足を運びたい。というよりも、近江から来て上野の近くにいるならば、立ち寄らないでは済ませられない「家」がある。  不忍池のほとりなるその「家」、「びわ湖長浜 KANNON-HOUSE(カンノンハウス)」は、上野駅にほど近いビルの... 続きを読む

  • 2017年3月22日

    邂逅するソラミミ堂27 明日はあふみ

    イラスト 上田三佳  よばれた気がしてさがしてみたら、いた、いた、ここに、道ばたに。  来たよ、ことしも。はるだよ。  と、かわいいこどもの学芸会がはじまるように、つくしが出できて、幕があく。  いちねんまえ。その幕あけを待たずして、友が病で亡くなった。  あの日もつくしによび止められて、そうだ、こいつを摘ん... 続きを読む

  • 2016年12月30日

    邂逅するソラミミ堂26 鐘をうまそうにきく

    イラスト 上田三佳  「あたり」「おし」「おくり」と聞いてピンとくる人は、世間にどれくらい居るのだろうか。  やかましいから鳴らしてくれるな、と近隣から苦情が出るので取りやめになった。という話が聞かれるようなご時世だから、ずいぶん少ないんだと思う。迂闊にも僕は知らないでいた。  寺院の鐘の音のことである。  ... 続きを読む

  • 2016年11月25日

    邂逅するソラミミ堂25 朝に鳥を埋める

    イラスト 上田三佳  猫のまめは我が家族の一員と言いながら、家猫にはなりきらないで、食事と寝るときのほか、目覚めている時間のほとんどを外で過ごしている。外でも大半は寝ているのかもしれない。  気性は穏やかで近所の腕白お転婆たちにまめまめといって取り囲まれ撫で回されたり不覚にも抱き上げられたりした場合でも決して... 続きを読む

  • 2016年9月22日

    邂逅するソラミミ堂24 もう、また来るは来ない

     現を抜かすのは難しい。  夢と現の追いかけっこであるわが人生は、いよいよ折り返し地点に差しかかった。  このまま現に抜き去られるか、夢は現を抜かせるか。そんなことを思う歳になった。  その洗礼というわけでもなかろうが、年改まってからこのかた、尊敬し敬愛する師友との死別が立て続けにあった。  そこへ肉親の死に追い... 続きを読む

  • 2016年7月22日

    邂逅するソラミミ堂23 海賊王たちの石ころ

    作品 上田三佳  まちのたからものを見つける方法について話して欲しい、と言われて、どんな話をしようかと考えていたら、娘らと浜辺を歩いた日の出来事が頭に浮かんだ。あの日は一緒に石ころをひろって遊んだのだった。  それで思いついて「たからものをみつける方法をみんなは知りたがるけれど、みつけたものをたからものにする... 続きを読む