手打ちそば屋で食べる冬期限定うどん

　長浜の手打ちそば店「そば廣」さんへは、何度となく訪れている。そば廣さんの天ぷらそばは少々時間がかかる。注文を聞いてからタネにコロモをつけて揚げてくれるからだ。運ばれてきた大きな海老と野菜の天ぷらのさっくさくの揚げ具合に、待ったかいがあったと必ず思う。以前はそばの上に天ぷらが載っていたのだが、現在は別盛で用意される。ますますさくさく感が楽しめるのだ。私は、そば廣さんでは天ぷらそばと決めていた……。過去形なのは、この冬初めて「四川うどん」を注文したのである。
　四川うどんはそば廣さんの冬期限定メニューとして10〜3月末に登場する。炒めたきくらげや白菜、しいたけ、魚貝をたっぷりと入れたあんかけのつゆを玉子でとじたうどんだ。
　四川は中国の地域の名前で、四川料理といえば豆板醤などをふんだんに使った辛めの味で知られている。体を温めるため唐辛子が効いているのではと想像していたのだが、辛味はほんのりという程度。かつおと昆布からしっかりとっただしと炒めた具材の香ばしさの方がずっと際立っている。やみつきになる辛さなんていうけれど、四川うどんの場合はやみつきになる、かぐわしさがある。
　ご主人の北村広治さん（49）に聞くと、開店以来の冬期メニューだという。何年も前から訪れているのに、天ぷらそば一筋だった私はうどんメニューを完全に見過ごしていたことになる。実は、北村さんとお話をするのも初めてだ。北村さんはいつも寡黙に厨房に立っている。まさに職人という雰囲気でなかなか話しかける機会に恵まれずにいた。
　北海道産のそば粉を使っていること、二八そばに限定して打っていること……25年以上そばを打ってきた職人ならではの思いを教えてくださった。手打ちそば屋で、うどんが取り持ってくれた縁である。
　これからも何度となくそば廣さんで食事をするだろう。「そばの香りが好き、そばの味が好き、そば打ちが好き。そばのすべてが好きなんです」と話す北村さんのそばだから、やっぱりそばを食べたい。天ぷらそば一途な私だが、寒い季節は悩ましいこともあるのだ。

【椰子】