長い旅の果てに辿り着いた 新しい「場所」

旅Loveチャイハネ

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2015年3月17日更新

伊藤裕介さん(左)と河嶋秀幸さん(右)

 旅というものはよいものだ。学生時代、沢木耕太郎の『深夜特急』に夢中になった。ページをめくっては旅に想いを馳せ、やがて僕も大学を休学して1年間の旅に出た。『深夜特急』とは僕たち旅人にとってはバイブルであり、同時に麻薬のようなものでもあった。
 伊藤裕介さんも、同じように『深夜特急』に魅せられた一人だ。2009年から4年間かけて世界を一周してきた。アジアからヨーロッパ、アフリカ、アメリカを巡り、訪れた国は81ヶ国にも及ぶ。当初は1年の予定で出かけたが、気がつけば4年という歳月が流れていた。
 4年というと、過ぎてみればあっという間かもしれないが、考えてみるとけっこう長い。伊藤さんが旅をしている間に、日本では民主党に政権交代してさらに自民党に戻った。だから伊藤さんは民主党政権時代のことを知らない。東日本大震災のこともそうだ。そのかわりに、中東で起こったアラブの春の現場に居合わせた。街で突然銃撃戦に巻き込まれたこともあった。歴史の瞬間を肌で感じた。
 4年の間にたくさんの人に出会って親切にしてもらった。ときには危ない目にも遭った。病気で入院もした。そして、いつしか旅が日常になっていた。
 そんな長い旅の終わりはいったいどんなふうだったのか。何がきっかけで長い旅にピリオドを打ったのか。その問いに対する伊藤さんの答えは意外なほどシンプルだった。
「長く旅を続けていると、感動が少なくなってくるんです。どこへ行ってもいつまで経ってもゲスト。だから今度は自分がホストになって、人を楽しませることを楽しみたい、そう思うようになったのです」。

Mu-Mu 森菜実子さんによる壁の絵

 そうして帰国した伊藤さんは今年の1月に、旅人で友人の河嶋秀幸さんと一緒に自宅のスペースを改装して「旅Loveチャイハネ」という店をオープンした。「チャイハネ」とは中央アジアから西アジアにあるいわゆる喫茶店だが、喫茶店というよりは人が集まり談話する社交場だ。日本語では寄合茶屋といったほうがいいかもしれない。「お茶が出るから人が集まるのではなく、人が集まるからお茶が出る」そんないろんな人が集まる場所を目指している。
 行く先々で、赤の他人である旅人の自分に信じられないくらいの親切を受けてきた。ありがたいと思う一方で、果たして自分はこんなに人に優しくできるのだろうかと思い悩んだこともあった。その答えの一つが、チャイハネという場所となった。「お客さんからは、この店はいわるゆアジアンテイストのような『旅』っぽい雰囲気でないと言われるんですが、一人ではなにもできない僕たちがみんなの力を借りて、自分たちの力で作り上げていくということが、僕にとってはまさに『旅』なんです」。
 その言葉の通り、店内はすべて手作りだ。床は、滋賀県立大学の学生と一緒に総勢30人で廃材を切って並べた。ピンクが印象的な壁は、Mu-Muというアクセサリーブランドのデザイナー森菜実子さんによるものだ。他の壁面にもこれから活躍が期待される若い人たちによって絵が描かれている。店内はこれでもかというほどいろんな色で溢れている。
 「こんな人がいてもいいし、こんなお店があってもいいじゃないですか」と笑いながら話す伊藤さん。さすが4年間も旅を続けてきただけあって、固定観念にとらわれない姿には、清々しいものがある。そして、忘れかけていた旅の感覚を久しぶりに思い出させてもらったような気がした。
「人間はやろうと思えば何だってできる。でも、そのためにはきっかけが必要です。ここに集まってきて人と出会ったり話をしたりすることが、旅に限らず何かのきっかけになればいいと思っています」。
 伊藤さんと出会って、僕ももう一度『深夜特急』を読み返したくなった。そしてまた旅に出たい。なにも海外でなくていい。そこに出会いや発見があるならば、それは立派な「旅」なのだ。

 

旅Loveチャイハネ

滋賀県彦根市沼波町38(文久蔵と同じ敷地内)
TEL: 070-1761-8686
金・土・日 15:00〜23:00営業

チャイなどドリンク類200円〜、フード 300円〜、アルコールあり

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

はじめ

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