琵琶湖に注ぐふたつの川……、彫刻の林

長谷川喜男さん

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 長浜市 2011年4月18日更新

突然現れた彫刻の林

 不思議な風景に出会った。姉川と高時川が交わり、堤防がずっと続いている。竹やぶやら畑やら……、集落の小さな公園や墓地が視界に現れては消えていく。車を走らせ後ろへ流れる景色は、この辺りの静かで長閑な日常だ。
 集落の屋根が重なり連なるなかに石の彫刻が並んでいる。突然現れた小さな彫刻の林のようだった。つやつやと黒光りする彫刻の一群をなぞっていくと、一軒の家へと至る……。
 林の創造者は、長谷川喜男さん(55)、学生時代から石彫の作品制作を続けているという。石という塊は、すっと大地から立ち上がり、不規則な穴が空いているものが多い。
 「制作のテーマは学生時代からずっと一貫していて、『人間』です。その人間を『樹』に重ねあわせています。大地に根を張って伸びていく樹の生命力は人間と共通しているように思います。穴を開けているのは、呼吸をイメージしています。自然の中のエネルギーを吸収しているということであり、また発してもいる。たとえるなら、埴輪のような……『命』を代わりに作っています」。

長谷川喜男さん

 そういう話を聞くと、林は、不定形なカタチを与えられた石が生えてきて、欠落した心の穴を風が通り抜け、少し強く吹く風にはわずかな音をたてる器官のように見えてくる。
 中学校の美術教師でもある長谷川さんは、夏休みなどの長期の休みを制作にあてる。大きな作品だから、時間だけではない、労力も道具もそしてコストもかかる。休みの間に1体完成させるのがやっとだという。
 「石を彫り出すときは抵抗があります。彫り出していくと不思議なことですが、石のもつ、そのものの力が伝わってくるんです。そして、対峙し、対話するんです。この対話を侮ると失敗しますね」。
 長谷川さんからいただいたチラシにこんな言葉があった。『大地が好き 大空が好き そして 人が好き』。
 「県内外の公共施設などに置いていただいている作品もあります。今自宅前に並ぶ作品も『生きている場所』に置いてもらうことができればうれしいですね」。
 琵琶湖に注ぐふたつの川が交わる小さな林……。道端の小さな雑草は勢いよく伸びている。生きている場所と、林の中のひとつの命が生きる場所はきっと違うのだろう。
 帰り道、私は風が通り抜ける音を聴く。私の欠落した音はどんな音だろう。耳障りでなければと願っている。

 

長谷川喜男さん

滋賀県長浜市難波町197 / TEL: 0749-72-2905
1980年金沢美術工芸大学彫刻科卒業
第4回播磨新宮石彫シンポジウム参加(1988)第11回金沢彫刻展優秀賞受賞(1991)
新制作展新作家賞受賞(1993、‘97、‘98)など
新制作協会会員

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

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