焼畑の斜面に立つ!

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 余呉町 2011年9月21日更新

山仕事の無事と焼畑の豊穰を祈って祝詞があげらた

 「焼畑=環境破壊」というイメージができあがったのはいつからだろう。実は、「焼畑」は日本でも山間部などでは伝統的に行われてきた農法だ。滋賀県でも昭和40年頃まで行われていたそうだ。
 山の斜面を焼くことで灰が肥料となり、雑草を抑え害虫の駆除になる。耕作した土地は10年から15年休ませることで地力を回復させる。毎年違う場所を焼いて10年から15年のサイクルで1周する  焼畑という農法は、先人の知恵であり持続可能な森とのつきあい方だったのだ。
 長浜市余呉町中河内(なかのかわち)では、昔ながらの焼畑を今に蘇らせようとする取り組みが行われている。焼畑が行われていた当時の様子を知る地元余呉の方々と、里山再生の研究をしている大学の研究者などでつくる「火野山ひろば」という団体が共同で5年前から行っている。
 黒田末壽教授(滋賀県立大学)は、「燃えることで今まで生えていた植物から開放され新たな生命が生まれて山が若返る。共生という言葉は優しいイメージがありますが、実際には厳しいものです。自然に立ち向かってはじめて共生といえる。火を扱うという人間の智恵と、畏敬の念をもって火とつき合う力を、伝え、残したいです」と話す。

2時間ほどで斜面はきれいに焼けた

 今年の焼畑は、お盆開けからの雨続きで、今年は日程が大幅にずれ込んだ8月30日に行われた。
 地元余呉の方10人と、滋賀県立大学や京都大学、京都学園大学の研究者と学生の総勢30人近くが集まった。午前10時、山仕事の無事と焼畑の豊穰を祈って祝詞があげられ、作業が始まった。ひと月ほど前に伐採されて茶色く枯れた山の斜面の上のほうから順番に火を入れていく。火が一度に燃え広がらないように上から下に向かって少しずつ燃やしていくのだ。数日前の雨で地面が完全に乾き切っていなかったが、それでも2時間ほどで斜面はきれいに焼けた。
 お昼休みを挟んで午後からは、斜面を耕し種を蒔いていく。植えるのは、余呉で昔から栽培されているという山かぶらだ。山かぶらは斜面でも力強く根付き、放っておいてもよく育つのだという。1週間もすれば斜面から山かぶらは芽を出し、2ヶ月半で、収穫を迎える……。
 この日は天気もよく、照りつける太陽と炎の熱気で汗が噴き出した。火は全てを燃やすけれども、燃えたあとにはまた新たな生命が誕生する。そんなふうにして太古の昔から人は火と、そして自然と向き合ってきたのだと、この斜面に立ってこそ、初めて実感できるのではないだろうか。

小寫

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