江を知る

洞寿院の葵と菊の紋

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 長浜市 2010年11月6日更新


実宰院


茶々(淀殿)が寄進したと伝わる昌安見久尼の木像(実宰院)

 9月、小谷城でテレビロケがあった。放映が予定されているのは、来年のNHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」。江の生涯が、2人の姉・茶々、初の人生も織り交ぜながら語られるようだ。
 江は2度の結婚を経て、3度目、文禄4年(1595)23歳のとき徳川家康の三男秀忠に嫁いだ。このとき17歳だった秀忠は10年後、徳川家二代将軍となる。夫妻は二男五女をもうけ、長男竹千代は、三代将軍家光となり、五女和子(まさこ)は天皇家へ嫁ぐことになる。
 湖北には浅井家や三姉妹にゆかりの場所が点在し、旧浅井町平塚の実宰院(じっさいいん)もそのひとつだ。小谷落城の際、三姉妹は城外に逃れ、実宰院(当時の寺名は実宰庵)にかくまわれたと伝わっている。実宰院の開基は長政の姉・昌安見久尼(しょうあんけんきゅうに)で、自ら姉妹を養育したという。

 実宰院の本寺にあたるのが、余呉町菅並にある曹洞宗の古刹・洞寿院である。山深い清浄な風景のなかに600年以上前から禅修行の道場として多くの僧を育ててきたお寺だ。見久尼の実宰院中興開基後、洞寿院八世を勧請開山している。

洞寿院

須弥壇の葵の紋と菊の紋(洞寿院)

 ところで、洞寿院は徳川家の葵の紋を、寺紋として使うことを許された寺で、秀忠のとき、正規に30石の領地が与えられている。洞寿院を開山した如仲天 禅師(じょちゅうてんぎんぜんじ)が駿河に寺院を開いており、幼い家康が戦乱からかくまわれたことがあった。家康はその恩を忘れず寺を庇護し、さらにルーツである洞寿院も保護したのである。
 洞寿院の須弥壇には徳川の葵の紋、そして菊の紋があしらわれている。天皇家からも紋の使用を許されているのだ。これは後水尾天皇の発願で開山された京都の霊鑑寺で、洞寿院の住職が戒師(出家を望む者に戒律を与えること)を勤めたことによる。後水尾天皇の妻は、天皇家へ嫁いだ江の娘・和子である。
 戦国という殺戮の歴史のなかに、三姉妹ゆかりの地が点在している。茶々、初、江、そして市……、天下を目指した男たちの野望に翻弄されながら、生き抜いた女性たちである。何を知り、学び、思い巡らせるのか、静寂に包まれた風景は語らない。今もそれなりに苦労はあるが、平和であることを心底幸せに思うのである。

小谷山 実宰院

滋賀県長浜市平塚町149 / TEL: 0749-74-0653
拝観  要予約

塩谷山 洞寿院

滋賀県長浜市余呉町菅並492 / TEL: 0749-86-2501
拝観料 300円(事前連絡が望ましい)

青緑

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