圓常寺の外堀土塁跡

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 2018年4月22日更新

 圓常寺(彦根市城町)の木造阿弥陀如来立像は(快慶作)、今年3月9日(金)、文化庁文化審議会において新たに重要文化財(美術工芸品)に指定された。現在、東京国立博物館本館において、特集「平成30年新指定国宝・重要文化財」展で公開されている(5月6日まで)。圓常寺には僕の興味を惹くものが多い。阿弥陀様については勿論だが、機会をみてこれからも書いておきたいと思っている。
 今回は「彦根城外堀土塁跡」である。
 寺の創建は「井伊年譜」によると慶長17年(1612)、寺伝では慶長18年となっているが、いずれにせよ慶長9年(1604)から始まった彦根城築城のなかで建立されたものと考えられている。彦根藩第二代井伊直孝の生母養賢院の出身である印具家の菩提寺で、江戸時代を通じて養賢院の位牌所として藩の庇護を受け、有力藩士の菩提寺でもあった。
 圓常寺の周辺は、圓常寺町と呼ばれ、100石から300石の武士が暮らしていたところで、内堀と中堀に囲まれた第二郭にある。かつて彦根城は三重の堀に囲まれていた。外堀は埋め立てられ昭和新道となっている。
 彦根城外堀の土塁は中央町にある銭湯山の湯の敷地内(庭園築山として使用)に唯一残っている。高さは6~7メートル、相当に高い。この土塁が3・4キロも続いていた。
 圓常寺には土塁の基底部分が竹薮になって残っている。かつての土塁の幅をリアルに知ることができる。 中央町のそれと圓常寺のそれを繋ぎ、イメージを重ねる。現在と過去が曖昧に重なり融けた風景が浮かび、直ぐに消えていく。わくわくするのである。

 

編集部

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