冬枯れと輪郭

1964年 金剛輪寺「大悲閣」

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 愛荘町 2016年1月12日更新

国宝・金剛輪寺本堂「大悲閣」

 今年の冬は随分と暖かいので、このまま春になるかもしれない……と思う。少し寂しく感じる冬枯れの景色を旅するように眺めている。外に出やすいせいか、いつもより余裕があるのか発見も多い。最大の発見は、冬は生い茂った木々の葉が落ち山々の輪郭がよく見えるということである。冬は、普段では見えないところを見ることができる季節だった。そう思うと暖かいこの冬に見ておきたいところリストのようなものが浮かんだ。リストの一番目は金剛輪寺本堂「大悲閣」である。建物も全体像を現すのだ。
 仕事柄様々な調べ物をする。湖東三山について検索していた時だった。『「大悲閣」は、1964年の東京オリンピックの文化事業で日本を代表する建築として世界の人々に紹介された』というテキストを見つけた。調べているうちに、滋賀県の文化財保護課、九州国立博物館、東京国立博物館にも電話し問い合わせるほどハマったのである。その顛末は冬の「大悲閣」の写真一枚。この写真の意味を読み取れる人は少ない。
 まず、オリンピックの理念から話す。オリンピックはスポーツだけではなく文化の祭典でもある。「The Olympics is the wedding of sport and art」。クーベルタンの理念である。ピエール・ド・クーベルタンは近代オリンピックの創立者で「近代オリンピックの父」と呼ばれる人物だ。スポーツと文化の祭典がオリンピックなのだ。そして、オリンピック憲章は、開催都市が「文化プログラム」を開催するように定め、直前のオリンピックが終わった時から、4年間の「カルチュラル・オリンピアード(Cultural Olympiad)」と呼ばれる期間に実施されることになっている。
 1964年の東京オリンピックでは、「日本最高の芸術作品を展示する」というコンセプトに基づく文化プログラムを展開、芸術部門4種目、芸能部門6種目の様々な公演や展示が行われた。東京国立博物館で行われた「日本古美術展」には国宝級の作品が展示され40万人が来場。この美術展に、湖東三山のひとつ金剛輪寺本堂「大悲閣」の模型が展示されたのだ。
 「大悲閣」は「弘安11年(1288)1月建立の銘」が須弥壇にあり鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されている。東京オリンピックが開催されたとき、文部省は世界に誇る日本の建物として「大悲閣」の模型(scale 1/10)を製作し、東京国立博物館に展示している(10月2日〜10日)。現在、その模型は2020年まで九州国立博物館に貸し出されていることが判った。
 ここで、素朴な疑問が浮かんだ。湖東三山西明寺の本堂も同じ鎌倉時代の建造物で国宝に指定されている。しかも国宝一号指定とあった。昨年5月10日に、米国CNNが選んだ『日本の最も美しい場所』31選にランクインし「本堂・三重塔が釘を使っていないので、その造りは見物です。秋になるとたくさんの観光客が紅葉を楽しみに訪れ、賑わう西明寺。京都にも「西明寺」という同じ名前のお寺があるので行く際にはご注意を!」と紹介されている。何故、1964年東京オリンピック文化プログラムにおいて西明寺本堂ではなく、金剛輪寺「大悲閣」だったのか、知りたい!
 さて、この冬枯れはマニアの季節なのである。創建当時に最も近い風景を見ることができるのだ。
 旅をしよう。自分のカタチもわかるに違いない。

小太郎

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