瓢箪からコマ

藤野孝男さん

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2015年7月17日更新

 「瓢箪の大会で内閣総理大臣賞を取った方がいる」と聞き、早速伺った。受賞されたのは彦根市三津町にお住まいの藤野孝男さんだ。
 藤野さんのお宅の玄関に飾られた「それ」が瓢箪だとは、すぐには思い至ることができなかった。確かに瓢箪の形をしているが、四角形や三角形が連続した幾何学模様が、立体的に彫り込まれているように見える。木でつくった彫刻かと思ったが、そうではない。
 ひとつの瓢箪を加工したもので、藤野さんが考案した「落とし込み」という技法なのだという。例えば小さな三角形の形をカッターで切る。切った三角形を、慎重に「こんこん」と叩き、瓢箪の厚み(1センチほど)の半分、つまり5ミリほど落とす。そしてその周りをまた同じ形に切り、5ミリ落とす。その作業の連続で、この立体的な幾何学模様がつくられるのだという。技法に辿りつくまで半年ほど、制作にはふたつで合計800時間ほどかかっているという。この瓢箪こそが全国愛瓢会主催の展示会で「内閣総理大臣賞」を受賞した瓢箪だった。

 藤野さんと瓢箪の出会いは5年前。退職して時間ができたところに、親類から「瓢箪を育ててみては」と苗をもらったことがきっかけだった。何も知らずに育てた1年目の瓢箪は失敗だったというが、人に瓢箪を分けてもらい、色を重ね塗って研ぎ出す技法を試しにやってみた。教えられたことを何も分からずにただやってみたというが、最初から県の展示会で金賞を受賞。全国大会にも出展し、「瀬戸内海放送局長賞」を受賞してしまったという。
 持ち前の性質ゆえか、「徹底的に美しくしないと気がすまない」という藤野さんの作品にはなるほど、細かい配慮と丁寧さ、途方もない労力を厭わない忍耐づよさが伺える。しかし早々に全国レベルに達してしまった藤野さんは、なにより瓢箪に愛されているのだろう。

 そうして瓢箪を育て、加工するようになった藤野さんだが、今や「瓢箪は空気みたいなもんや」と話す。瓢箪を種から育て、配合し、土の状態を管理したり実の大きさや形を整えながら毎日世話する。そしてその横の作業場で毎日こつこつ加工をする。藤野さんの1日、1年は瓢箪とともにある。
 「瓢箪から駒という言葉がありますよね」と言うと、「これが瓢箪から駒や」と藤野さんは馬が透かし彫りされた瓢箪を指差した。「透かし彫りはもっと細かいものをつくれるようになったけど、それでもこれは自分の作品のなかで一番大好き」と話してくれた。

 「瓢箪から駒」……まさかというようなあり得ないことのたとえを意味することばだ。じつは藤野さんのお宅に伺うまで、「瓢箪の大会」では瓢箪の大きさを競うのかな、という安易な想像をしており、こんな創造的な世界とは思いもしなかった。まさに、「瓢箪から駒」な驚きだった。

編集部

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