余呉に暮らすジャズボーカリスト

　ジャズが好きだ。いや、もしかしたら「ジャズを聴いている自分」が好きなだけかもしれないけれど、ともあれジャズが好きだ。特にジャズボーカルを好んで聴いている。
　最近、余呉に暮らすジャズボーカリスト木原鮎子さんのことを知った。透明感のある伸びやかな声で、ファーストアルバムの「SEASONS」を聴いて一瞬で虜になってしまった。
　鮎子さんは、京都を中心に活動をしていたが、3年前、結婚を機に余呉町に活動の拠点を移し、その翌年には長男を出産。現在は子育てをしながら歌っている。
　ジャズというとなんとなく都会的なイメージがあるけれど、意外にも鮎子さんは新潟県の牧村という片田舎で大家族の中で育った。高校を卒業後、洋楽が好きだったことから英語を学ぶためアメリカのオレゴン州に留学、アメリカで本場の音楽に触れる。その頃からジャズに興味を持ちはじめ、帰国後、ボイストレーニングの先生を通じて本格的にジャズを学び、ジャズボーカリストを志す。それから数年間、がむしゃらにジャズに没頭し、ミュージシャンとしてのキャリアを確立した。
　京都での生活は慌ただしい日々だったが、いつも心の中には幼少の頃過ごした新潟ののどかな風景があった。そして、いつか子育てをすることになったら田舎に暮らしたいと思っていた。だから、今の余呉での生活は、鮎子さんにとってある意味で原点回帰とも言える。余呉にやってきた当初は、音楽活動を続けられるのかどうか不安だったこともあったそうだが、田舎に暮らさないと出せない音、子育てをしなければ生まれない音楽があると信じて活動を続けている。

　最近では、子どものための音楽もしたいと思うようになった。親になってはじめて、子どもたちが生の音に触れられる機会が少ないことに気づいたのだそうだ。今年の夏には、シンガーソングライターの岡田健太郎さんと一緒に「こどもとききたい あのうたこのうた」と題した親子向けのライブを開催して好評を博した。子ども向けの曲だけではなく、お母さんも楽しめる選曲が評判で、この年末には、第二弾として「こどもとききたい あのうたこのうた Vol.2 クリスマスライヴ」を予定している。また、長浜市内の小学生を対象にした「歌声キッズ」というコーラスの指導も今年度からスタートした。12月23日に余呉文化ホールで行われる鮎子さんのライブでは、ピアノトリオの演奏をバックに歌声キッズの子どもたちも共演する。
　ジャズというと、なんとなく「難しい音楽」とか「高尚な音楽」という印象があって敬遠されがちだけど、鮎子さんのこういった活動によって、ジャズが、そして音楽が少しずつ地域に根付きつつあるように感じる。
　「音楽にジャンルはない。あるのはいい音楽と悪い音楽だけだ」。かつて、ジャズの巨人デューク・エリントンはこう言った。鮎子さんのいい音楽、素敵な音楽がジャンルという枠を超えて多くの人に届くといい。きっと、その音楽の根底には余呉の原風景がある。

【はじめ】