天狗残滓 3
かつて、鬼と河童と共に日本三大妖怪と讃えられ、一世を風靡した天狗は、今、何処にいるのか。12月14日・15日に行われる彦根ゴーストツアーが契機となり、その残滓を探す3回目である。
まず、天狗は昔話のなかにいる。たとえば『山東昔ばなし』(山東町史談会編)には「天狗に旅行させてもらった話」(市場)「天狗岩とイボコロリの水」(岩崎山)の2つが収録されている。
また、山の名や字名にも天狗は潜んでいる。
僕は『山東昔ばなし』には載っていない柏原の「岩ヶ谷の天狗岩」へ行くことにした。岩ヶ谷の岩には梵字(サンスクリットを表記するための文字)が刻まれているので、別名を「弘法大師の筆投げ石」ともいう。
10年以上前、僕はここを一度訪れたことがあり、直ぐに見つけることができるだろうと高を括っていたが、記憶は悲しいほど役にたたなかった。
岩ヶ谷は、梓河内から山ひとつ東の小さな集落である。国道21号線から名神高速道路の下をくぐり集落のはずれから谷筋を登る。山道を300メートルほど行くと「大岩」と書かれた看板があるのだが、台風のせいだろう、道が判らない。ただ、高さ50メートルほどの巨大な岩の壁があり、これが天狗岩だろうと見当をつける。梵字が岩のどの辺りにあったかも思い出せない。とにかく、岩にとりつき周りを歩いてみるしかなかった。秋の夕暮れは驚くほどはやい。何か不思議なことがおこってもよさそうなくらい急に闇が混じる。
どれほどの時間、岩を周り見つめただろう……、やっと梵字を見つけた時には、「何やってるんだ」というくらい暗くなっていた。
さて、この天狗岩の梵字は磨崖仏(まがいぶつ)として彫られたらしい。磨崖仏は自然の岩壁に彫られた仏像をいう。ならば、この梵字は仏像を示しているはずである。調べてみるとどうやら「歓喜自在天(大聖歓喜天)」を現す梵字らしい。歓喜自在天は「聖天さん」のことだ。
昔は岩の中ほどに小さなお堂があり、中山道を通る旅人たちも時々天狗岩に立ち寄ったという。御利益や雰囲気と共に、何処に在るやら無いやら判らない梵字が、突然、実体化する驚きと喜びがあったのだろう、知られた名所だったのかもしれない。
ところで、彦根には天狗の残滓は無いのか…。
彦根市中薮町の白山神社に「神石」があり、この石に「天狗さまが降りられる」と伝わっている。
更に、彦根城にも天狗がいた。
彦根城築城以前、彦根山には平安時代後期から観音霊場として知られた彦根寺があった。京の都では「観音霊験、天下無双の地なり」の噂が広まり観音参詣ブームが起こったという。このブームは、巷説天狗の仕業とささやかれたという。
彦根寺は築城時に北野寺となり現在の城町に移されたのだが、奇妙な符号に気づいた。天狗・聖天・観音。北野寺にも聖天堂があるのだ。歓喜自在天の本地は観音様なのである。
ちなみに、旧山東町本郷にも「弘法大師の筆投げ石」がある。弥陀・観音・勢至の三仏の梵字が刻まれているが、天狗とは関係がないようだ。
天狗と聖天さん。秋の夜長の妄想が始まる。
【編集部】