山内さんの  愛おしいもの・コト・昔語り『大火と夜回り』

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 長浜市 2019年4月9日更新

夜回りをする子どもたち(昭和63年撮影)

 ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。今回は、今月2日、3日に古橋で行われた〝オコナイ〟にちなんだお話。
 2日間にわたって行われる古橋のオコナイは、前日に準備、当日には早朝からトウヤの家で餅つきが行われ、つきあがった大きな鏡餅は行列を組んで氏神様である与志漏(よしろ)神社境内にある薬師堂などにお供えし、その後トウヤの家で餅を切り分け家々に配ったり、酒宴の席を設けたりと、伝統行事らしい決まりごとにのっとって行われる。前日の夜に行われるのが夜回りで、夕方には子どもたちが中心になって行い、その後、夜に何度か組の大人たちも行う。
 湖北の多くの集落で行われるオコナイで、夜回りが他の地域でも行われているのかは知らないが、夜回りの起源について、喜平さんは「昔、オコナイの日に大火事がありましたんや。蒸しがあがるのと、火の手が上がるのが同じやったと伝わっています」と話し始めた。
 昔、餅米は蒸し桶で蒸し、桶は俵1俵が入る大きなもので〝蒸しがあがる〟とは、桶の中を蒸気が通ったという意味だ。なかなかうまくいかず、難しさゆえに「蒸し方」はオコナイの役割の中でも最も重要な役目だったそうだ。さらに、現代とは違い、餅つきは深夜から明け方にかけて行われていたといわれ、夜中に火事が起こったと考えられる。
 「おそらく、トウヤの家に皆が集まり、火事の発見が遅れ大火になったのでしょう。徳恩寺も燃えましたんや。大火がいつのことかは不明ですが、寺は江戸時代後期に再建されています。そのための財を蓄えるのに数十年はかかるはずなので、大火があったのは再建よりも数十年前やろな」。夜回りは、火事を戒めるために約300年続いてきたと同時に、昔、火事があったことも伝えている。
 拍子木や太鼓、鉦も叩いて行われる夜回りは、「だいいち、ひのよー」と声をあげる。「第一、火の用心」の意で、「だいいち」のあとにトンと鳴りものの音が入り、「ひのよー」の後にトントントンと3回打つ。昭和63年、喜平さんがトウヤを務めた際には、夜回りの子どもたちにお菓子やおにぎりを振る舞ったといい、子どもたちにも楽しみの一つだったことだろう。
 太鼓や鉦の音からは祭りのようなにぎやかさが感じられ、3月とはいえ雪の中で行われる年も多く、春の訪れを告げる音ではなかったろうか……。
 喜平さんが寺役を務めていたとき、天井を修理することになり徳恩寺の天井裏へ入ったことがあったそうだ。棟には上棟の日が書いてありカメラに収めたが記憶は定かではないと言われる。「文化か文政やったと……思います」。何でもよく覚えている喜平さんなのに、そんな一面を知ることができ、少し嬉しくなった。カメラに収めると安心してしまうのはよくわかるのだ。

光流

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