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半月舎だより 29

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2019年3月28日更新

春からはじまる本づくり

 誰にでもあることだと思うが、なんでもないやりとりをふと思い出すことがある。店をはじめて最初に迎えた春のこと。「最近お店はどう?」と訊かれたので、「春になって、しぜんとお客さんが増えてきました」と所感を述べた。「そうかあ」とこたえたそのひとは、少し間をおいて思いがけずわらい、「春になって、というのがいいね」と言った。その思いがけなさが記憶に杭を打ち込んだのか、そんな些細なやりとりを、あれから毎年思い出す。はじめての春の所感は、そんなやりとりの想起とともに、その後毎年やってくる、春のしるしとなった。暖冬と言われた今年もそれは変わらない。三月のはじめ、「春の訪れは『光・音・気温の春』とやって来るようで、今は『音の春』、お天気のいい日には、ヒバリの声が聞こえてきます。」と便りをくれた知人がいるが、太陽が地上を照らす時間が長くなり、空気が潤んで光が変わり、生きものがざわめきだしてにぎわいを増す。そのころ、お客さんもしぜんと増える。そうして冬の終わりを実感する。たとえ気温がまだ春のそれでないとしても。
 2011年、震災の年の秋に半月舎は開店した。はじめての春は2012年、そして2013年の春に、「とうほくのはる」という催しをした。これは東北出身の舎主のUさんが企画した催しで、「被災地東北に何かしなければ」と気負うよりは、「東北がどんなところなのか、知ろうとしよう」という、小さなメッセージをもった催しだった。このとき、まずはわたしたちが東北のことを知ろうとしよう、ということで、Uさんの故郷・山形へ仲間で出かけ、その紀行文と寄稿いただいた文章などから「きこうとうほく 山形編」という小冊子をつくった。それは半月舎の出版部門「半月出版舎」にとってはじめての出版だった。「きこうとうほく 〇〇編」など、毎年一冊ずつくらい、なにかしら出版ができるといいね、と話していたが、わたしたち得意の立ち消えで、「半月出版舎」はながい冬眠をしていた。
 それから6年目のこの春、にわかに「出版づいて」いる。
 ひとつは、昨年ひらいた画家・マメイケダさんの個展「彦根の飲食店」でマメさんが描いた絵を本としてまとめよう、ということに端を発した本づくり。マメさんが描いてくれた飲食店のスケッチと食べものの絵、そして各飲食店に思い入れのある方からエッセイをつのり、「かたよった彦根案内」という本にしようと思っている。
 もうひとつは、半月舎オープン時から「顧問」として長くお世話になってきたYuko Nexus6さんの、彦根での日々の絵日記の書籍化である。先日、半月舎主催で出版記念トークイベントを開いたYuko Nexus6さんのニュー(乳)がんフォトエッセイ、「#tbk_yuko」の関連書籍という趣もあり、トークイベントにお越しくださったみなさんからは、早くも待望いただいている。
 さらに、なぜかこのタイミングで複数の知人から、出版について相談を受けている。編集の経験もなければ、6年前に一冊の小冊子を勢いで出したきり、つまり出版経験はほぼ皆無だというのに、この出版づきようである。
 思い返せば2月に開いた写真家・吉田亮人さんのトークイベントも、出版をめぐるお話だった。吉田さんは、写真集の編集はもちろん製本や印刷も自身の手で行なって自ら出版してきていたし、トークの対談相手としてお越しいただいた京都の書店・誠光社店主の堀部篤史さんには、マメさんの本の構想について話したところ、「それはぜひすべき」、「僕にできることがあったらなんでも言ってください」と、心づよい言葉をいただいた。
 「春の訪れは『光・音・気温の春』とやって来る」と知人が教えてくれたとおり、見逃しそうなしるしを重ねながら、「その季節」は近づいてきているのかもしれず、半月舎にとって、いまは「出版あるいは本づくりの季節」ということなのかもしれない。その季節の訪れを見過ごさないように、ひとつひとつ捉えていけたら、と思っている。
 「春になって、というのがいいね」。今になって、ふしぎとこの言葉に励まされている。

M

編集部

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