アーチの窓辺にて
木之本の江北図書館のことが気になっている。「江北図書館 存続の危機」と題した記事が読売新聞(2013.1.25.滋賀版)に出ていた。「100年余りの歴史を持つ県内最古の図書館「江北図書館」(長浜市木之本町)の存続が危ぶまれている。資金難や建物の老朽化にあえいでおり、運営する公益財団法人は年明けから、寄付金の募集を始めた。(後略)」
クリーム色の外観と大きな4つのアーチの美しい窓が印象的な建物で、『滋賀県の近代化遺産ー滋賀県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書ー』(滋賀県教育委員会 平成12年)に掲載された立派な近代化遺産である。
一般的に近代化遺産とは、幕末から第2次世界大戦期までの間に建設され、日本の近代化に貢献した産業・交通・土木に係る建造物などをいう。
僕は文化財的に或いは学問的な価値は別にして、例えば、その建物が在ることで思い出すことができる記憶のようなものが好きだ。
そういう記憶を読んだり聞いたりすることで、自分の裡にあった記憶のように思えてくる。それに近代という時代は過去だが手の届くところにあるから僕にとっては好ましい。
「江北」は「こほく」と読むその図書館は、明治35年(1902)余呉町出身の杉野文彌という当時の弁護士が東京で図書館という施設の素晴らしさに感銘し、郷里の人にもこういった施設を役立ててほしいと余呉町内で杉野文庫を始めた。これが「江北図書館」の前身となる。 杉野氏はもっと広く利用者が来館できるようにと、当時の郡都であった木之本町に移転を決定した。そして、図書館の経営基盤をさらに強固にするため、伊香郡長や郡内有力者の協力を得て、明治40年(1907)1月8日に「財団法人 江北図書館」として開館した。
現在の建物は、昭和12年(1937)に伊香郡農会の庁舎として建てられたものを昭和50年(1975)に図書館が買い取ったものだ。
滋賀県において、近代になって建てられた図書館は40以上あったが、終戦後には6館となった。この時点で「江北図書館」は県内で一番古い図書館となった。何故、「江北図書館」は生き残ることが出来たのか……。建物の歴史、人々の願いや懐い、望みさえすれば、様々なことを物語り始めるに違いない。
近代化遺産は、ただ観ているだけでは解らない、こちら側の興味によって様々な再発見や再発明の手がかりとなるのが魅力である。また調査書に載っているものだけではない。僕らの周りにそれと気づかずに在り続けている。そこに降り積もる多くの記憶を辿る手がかりとなる遺産であり、いつ消えてしまってもおかしくない儚い宝物なのである。
ところで、滋賀県における気象観測の始まりは、明治26年(1893)に、滋賀県立彦根測候所が設置されたことに始まる。以来、120年の間、毎日かかすことなく気象観測が行われ、その全てのデータが今も残っている。現在の建物の窓のアーチを僕は中学2年生まで毎日見ていた。僕には全ての放物線は彦根地方気象台に繋がっているけれど、アーチの窓辺で本を読んだことがない…。誰かアーチの影の記憶の更新に出かけない?
参考
- 『滋賀県の近代化遺産ー滋賀県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書ー』(滋賀県教育委員会 平成12年)
【小太郎】