天地明察
何年ぶりだろー、本屋で3冊のハードカバーを買った。目的の書籍があったわけではない。背表紙を眺め、気が合う本かどうかを確かめながら買った。書籍にも相性がある。『天地明察』(冲方丁ーうぶかたとうー著)はリアルな体験をしながら手に入れた1冊で、ぱらぱらと頁をめくっていて飛び込んできたのが、「『明察』と褒めつつ、どこか解かれたことを悔しがるような雰囲気がある。」という文章だった。「解かれたことを悔しがるような雰囲気……。明察はええなぁ〜」と思った。『天地明察』は、映画化され、今年9月全国ロードショーとなる。
勿論、主人公渋川春海(安井算哲)の生涯も魅力的で、春海のように生きることができればいいなという憧れもあったが、僕の興味は、「算額」だった。「算額」は『天地明察』の重要なアイテムのひとつだ。
『広辞苑』には次のように書いてある。「【算額】和算家が自分の発見した数学の問題や解法を書いて神社などに奉納した絵馬。額面題」。問題が解けたことを神仏に感謝し、勉学に励むことを祈願して奉納されたらしい。
また、問題だけを記した算額もある。別の誰かがそれに解法を書き残し、更に、その答に対して出題者は「明察」の二文字を記す。そういう算額もあった……。
調べてみると、江戸時代の日本の数学は世界でもトップレベルで、天文、暦学等の分野においても高い業績を残しているという。そして、江戸時代、日本独自に栄えた数学を『和算』と呼ぶ。 明治時代になると、西洋式数学が導入されたが、算額奉納の習慣は昭和初年頃まで継承され、全国に遺る算額は、約1000面。滋賀県の算額は9面が知られ、そのひとつが高島市マキノ町の海津天神社にある。明治8年(1875)1月、平山麟家門人が奉納した算額は縦約90センチ横約6メートルと立派なものである。以前、偶然に僕はそれとは知らずに海津天神社に奉納された算額の写真を撮っている。
そして……、『天地明察』の中に、『吉田光由』という算術家のことが数行書いてあった。「角倉了以の親族である」。角倉了以は吉田光由の母方の祖父になる。
角倉了以(すみのくらりょうい)……? 聞いたことのある名である。日本史……?
とにかくこの角倉家は、もともとは近江国犬上郡吉田村出身だという。現在の豊郷町吉田だ。角倉了以からどれくらい遡れば、吉田村にたどり着くのか解らないが、豊郷は『塵劫記(じんこうき)』という算術書を著した吉田光由とつながっている。『塵劫記』は、「塵劫と言えば、算術書全般を意味するようにすらなったのである」(天地明察)というくらいの江戸時代の数学書だ。
天地明察、算額、和算、塵劫記、吉田光由……。豊郷でリアルな体験ができればいいなと思っている。
【小太郎】