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空海が昼飯喰った場所

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 米原市 2012年7月4日更新

 米原市上丹生の松尾山は、天武天皇9年(680)に役小角(えんのおづぬ)(=役行者)が修行のために入山したと伝えられる霊地である。松尾寺は、霊仙七カ寺の一つとして隆盛し、現在に残る唯一の寺だ。近江西国33カ所の13番札所でもあり、江戸時代には山中に56坊が建てられていたという。ご本尊は 十一面観世音菩薩と聖観世音菩薩の二体が雲の上に仲良く並んでおられ、飛行機に乗る人達の信仰を集めている。
 本堂は今から400年前兵火によって消失。その後彦根藩主井伊家の庇護を受け、寛文年中(1622~1672)再建されたが、昭和56年(1981)の豪雪により倒壊した。この本堂が再建され6月17日、落慶法要が営まれ、7月2日まで『秘仏御開扉・宝物特別公開』が行われている。
 ところで、松尾寺には、七不思議が伝わり、松尾山のハイキングコースの所々に、七不思議の場所が記された地図が立てられている。かつての境内跡を歩きながら、辺りに散りばめられた不思議を周るルートだ。

一、「空中飛行観世音菩薩」。
二、「影向(ようごう)石」。かつて仏様が降り立った場所とされ、表面にはその時の足跡が今も残されている。
三、「役行者の斧(よき)割水」。役小角が弟子の一人に斧で割らせた自然石から湧き出した清水が、今も流れ続けている。
四、「鐘イリ場」。凹地の中央に置かれた亀石の付近で不浄なことをすると腹が痛くなる。
五、「一本橋」。川も無いのにかけられた石橋。
六、「ハサミ岩」。松尾寺で悪事を働くと、この岩に両方からはさまれて動けなくなる。
七、「夫婦杉」。山頂にある古木。かつて、空海が松尾寺に参詣し、一番見晴らしの良い場所で昼食をとった。その時、使った箸を土に突き刺したところ、そのまま成長したといわれている。

 戦国武将の書状や、飛行観音も見てみたいが、空海が昼飯を喰った場所が、一番気になるのは何故だろう。

米原市・普門山 松尾寺  本堂完成記念 秘仏御開扉・宝物特別公開

7月2日(月)まで / 時間 10:00~16:00
場 所  松尾寺本堂ならびに資料館
拝観料  300円

  • 松尾寺御本尊 「空中飛行観世音菩薩」
  • 大曼荼羅図(絹本著色観経変相図)/ 滋賀県指定文化財 南北朝時代
  • 木造聖観音菩薩立像 / 米原市指定文化財 平安時代
  • 戦国武将の書状 / 浅井長政の祖父亮政の書状・石田三成の父親正継書状は注目。

7月1日 (日)写経会

イベントとしては1日だが、毎日随時受付ている。
(納経料1,000円要・筆その他は貸出可。持参も可)7月2日 (月)結願閉扉法要

天台宗普門山 松尾寺
米原市上丹生2054
TEL: 0749-54-0120(昼間)
TEL: 0749-54-0002(17時以降)

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

風伯

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