春を迎える責任
木之本町黒田のオコナイ
前号で紹介した木之本町田神山観音寺のオコナイがあった日、同町黒田でも、黒田神社のオコナイがあった。湖北ではオコナイが終わると本格的な春が訪れる……。
オコナイは基本的に、村内の豊作と安全を祈願する神事だ。御鏡をつくり神仏に供え、「直会(なおらい)」があり、次の年の当番にあたる「トウヤ、トウヤド」を決める(前号DADA「東神領のオコナイ」参照のこと)。
黒田では集落内に6つの組がありそれぞれに塔宿(とうや)がある。組には「繁」「豊」などの名が付く。「榮組」のオコナイを見学させていただいた。12軒で構成され、「榮神事」と呼ぶ。
朝、5升分の鏡餅などをつくり、昼前に黒田神社へ向かう。鏡餅は、木の板に載せ2人の男性が担ぐ。榊を持った塔宿を先頭に鏡餅の担ぎ手、御神酒などを持つ人が一列に並び神社へ向かう。神社の拝殿に鏡餅を並べる順番は、当日の朝に塔宿が籤(くじ)を引いて決める。神主さんの祝詞とお祓いを経て宿に戻ると「玉籤(たまくじ)の儀」と呼ばれる籤引きで次の塔宿を決め、塔宿の引き継ぎをし、持ち帰った鏡餅を開く。
オコナイを見るのは初めてだった。私の実家でもオコナイはあるが、女人禁制といわれ見ることも許されない。子どもの頃から「オコナイさん」という言葉には、何をしているのか、何を意味するのか、まったく実体の伴わない不思議な響きがあった。今回、オコナイは私の中でカタチとなった。
一連の儀式の所作はどれもが完成されていた。美しいと思った。
「ずいぶん簡素化してしまったんですよ。かつては1週間も祭礼が続いたんです。それでも榮組では、塔宿は羽織袴、他は羽織を着付け、自分たちで餅をつくようにして、少しでも伝統を絶やさぬようにしています」。
他の組はすべて平服になってしまったなかで、オコナイを継承する榮組の姿勢だ。
印象的だった言葉がある。玉籤の儀で、次の塔宿に選ばれた方へ「おめでとうございます」と声をかける。塔宿に選ばれると来年のオコナイまでの1年間、神のよりしろである榊を預かる……。
「おめでとうございます」。
塔宿をつとめる苦労とか責任を負うことは、村内の信頼を得ることと同義である。何かが洗われていくような言葉だった。
本格的な春は近い。「おめでとうございます」と言うとき、春に負う責任が私たちにもあるのではないだろうか……。
突然の申し出にも関わらず、丁寧にご対応いただきました榮組のみなさま、ありがとうございました。感謝申し上げます。
【いと】