汽車弁はよいものである
湖北のおはなし
駅弁と汽車弁
汽車の旅がいい……。僕は汽車の旅をしたことはないが、今でも憬れている。
駅弁は通り過ぎるまちが誇る逸品を少しずつ味わうことができる弁当である。旅を愛する人は「駅弁」を「汽車弁」というのだと聞いたことがある。発車のベルと共に包みをあけ食べ始めるのは駅弁。はやる気持ちを抑え、後ろへと流れる景色を吟味し、そろそろ頃合いと食べ始めるのが汽車弁。誰にも教わることのない旅の作法が汽車弁と呼ばせるのかもしれない。
電車しか走っていなくとも汽車弁はある。「今日は遠くまでゆくのだ」という気持ち、見知らぬ風景と空気の匂いのようなもの、僕は駅弁を愛している。
「ガチャコン倶楽部」の会長を務めていたことがある。ガチャコンは近江鉄道の愛称、「近江鉄道に乗って遊ぼう」というのが倶楽部のコンセプトだった。お弁当を持って、近江鉄道に乗って気のおけない仲間と出かけたことがある。僕は、米原駅で入場券を買い新幹線ホームへ行き、井筒屋さんの「湖北のおはなし」を買った。
「湖北のおはなし」は、昭和62年(1987)に「新幹線グルメ」として誕生し、当時は新幹線ホームでしか買うことができなかった。
鴨のロースト、赤蕪、海老豆、鶏のくわ焼き風、小芋、こんにゃく煮、玉子焼き、山ごぼう漬けにおこわ。春は山菜おこわ、夏は枝豆、秋は栗、冬は黒豆と季節を楽しめる。更に、おこわの下には桜の葉がしいてあり、ほんのり香る……。わざわざ手に入れる価値がある秀逸な駅弁だったのである。僕にとっては桜餅が好きだった母を思い出す駅弁でもある。
4時間ルールと急速冷却
出張で電車に乗る時以外に、遠来のお客さんにも土産に「湖北のおはなし」を渡し見送ってきた。その度に感じていたのが、駅弁の種類の多さである。いつも違った駅弁があるのだ。これには4時間という時間が関係している。
駅弁には、出来上がってから店頭に4時間しか置いておけないというルールがある。つまり、何種類もの駅弁を一度にたくさん作るわけにはゆかず、4時間の間に売り切れる種類と量を並べるわけである。「これ新しい駅弁ですよね」と尋ねると「まえからありましたよ」と答えが返ってくる。買いにいく時間帯によって、店頭のラインナップが変化するというわけだ。僕にとっての新商品であることは間違いないのだが……。
駅弁のスゴいところは、調理したできたてを温かいまま詰めるのではなく、わざわざ急速に冷やしてから詰めるところである。だから「冷めても美味しい」味を追求しつづけることになる。故に、より安全で安心、そのうえ美味しいのだ。
おうちで汽車弁
井筒屋の創業は安政元年(1854)頃で、当初は長浜で旅籠を営んでいたという。明治22年(1889)7月1日、東海道全線開通をみこして弁当類を専売するようになった。「米原停車場構内立売営業人」の始まりである。以来130余年、井筒屋は日本屈指の駅弁の老舗となった。
僕は「駅弁はテイクアウト弁当の原点である」ことに気づいてしまった。コロナ禍で旅もままならない昨今、自宅で汽車弁を楽しむことができるのではないだろうか。駅弁を汽車弁にするための工夫を考えながら、米原駅に向かう。まずは唐草模様の風呂敷に包まれた「湖北のおはなし」(税込1,200円)を目指したい。
ちなみに、駅構内に入らなくても、米原駅西口前の井筒屋本社で購入することができる。「湖北のおはなし」は数量限定なので、問い合わせてから出かけるといい。
株式会社 井筒屋
滋賀県 米原市下多良2丁目1番地
TEL: 0749-52-0006 (受付時間 8:00~15:00)
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【小太郎】