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山内さんの愛おしいもの・コト・昔語り『山手』と『綱打ち』

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 長浜市 2019年1月16日更新

 ご縁があって、長浜市木之本町古橋にお住まいの山内喜平さん(91)和子さん(91)ご夫妻にお会いしてお話を聞き色々教わっている。ふと耳にする山内さんのお話が面白い。「愛おしいもの・コト・昔語り」は、私が聞いた中でもこれはと思った、或いは伝えておきたい山内さんの記憶である。
 今回は「山手(やまて)」と「綱打(つなう)ち」。
 前回、古橋には集落に納める区費の一つに「烏帽子米(えぼしまい)」があったと書いた。烏帽子米のほかにも色々と定められた区費があり、納めるのは6月と12月。12月は20日と決まっていて、喜平さんはその日の事を「山手と呼びます」と話して下さった。「〝山手の勘定〟ということもありましたが、山手でわかる」と。さらに、「古橋から外へ出て他所で働いている人からも一部の負担金が集められていました」とも。「遠方に住む人も、だいたいいくらくらいかはわかるさかい、帰省した折などに親元や親戚に預けておかれました」。お話から、遠く離れても故郷のためにと思う気持ちが〝当たり前〟だったのだろうと思える。
 なぜ〝山手〟と呼ぶのかと尋ねると、「昔は山仕事をしてたやろ、12月20日は山仕事を納める区切りの日で、その日を山手と呼び、山の明神さんに供え物をして感謝の祈りがささげられたと伝わっています。1年を締めくくる勘定をする日も〝区切りの日〟やさかい山手と呼んだのやと思います。私が子どもじぶんは、山手の日に山仕事を一緒にする仲間7、8人が集まってどんちゃん騒ぎをしてやーるのを見たことがあります」。きっと、その日を境に、新年を迎える準備などが行われたのだろう。
 新年を迎えると、集落の初集会が行われ、その日は2月11日で「綱打ち」と呼ばれているそうだ。「高時川にかかる橋は大水が出るたびに必ずと言っていいほど流されました。綱打ちでは、橋をつなぎとめるために使う綱を作りましたんや」。現在、高時川には立派な橋が架かっているが、戦前は簡易な橋しかなかった。「打ち藁を持ち寄り、皆で40メートルほどの長さの綱を作りましたんや。ほやな、太さは、直径が7センチくらいかな」。
 幸いにして大水が出なかった翌年は綱を作ることはなかったが、そんな年には「春先、道普請で土砂を運ぶのに使う〝もっこ〟を作りました」。一日をおろそかにせず、将来に備える先人の知恵、働きぶりがしのばれる。

光流

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