半月舎だより 26

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2019年1月4日更新

絵のある日々

 秋から冬にかけてのふた月ほど、半月舎の壁に絵のある日々を過ごした。10月なかばから11月初旬にかけてはマメイケダさんの個展「彦根の飲食店」、12月初旬からなかばにかけては後藤美月さんの絵本「おなみだぽいぽい」原画展と、店で立て続けに絵の展覧会をひらいたためだ。出舎し、店のシャッターを開けると、ガラス扉越しに絵と目が合う。一日の最初の光を浴びる絵は、毎日輝いて見えた。うれしい日々だった。
 マメさんが描いた食べものの絵には健やかな食欲と堅実な日常が感じられ、日々の食べることへの幸せを思わせてくれた。「見ているとなんだかお腹が減ってくる」という感想をもつひとが多かったのは、食欲がわくというより、食べることってやっぱりいいなあと素朴に感じるからじゃないかと思う。
 展示会終了後、一点、マメさんから絵をいただいた。テーブルの上の白いボウルに、赤玉の卵が3つ、ころんと入っている絵だ。マメさんと一緒に彦根の飲食店を食べ歩き、飲み歩きした翌朝、泊めてもらった知人宅にて、みんなで朝ごはんに卵かけご飯を食べた。その卵かけご飯ではなく、卵のほうの絵だった。いつのまに写真におさめたのか、マメさんは個展の際に作品にしてきてくれたのだ。それは、夜までわいわい食べ歩いたあと、ふっと気の抜けた朝の、何気ない風景だった。記憶から抜け落ちるようなものを拾い上げて、コン、とさりげなくテーブルに出してくれるような、そんなふうにマメさんは、絵でひとをよろこばせることができるひとだった。展示会では傑作と言えるような絵はほかにも数々あったけれど、こんな絵を描いてくれるマメさんと、一緒に展示会をつくりあげることができたことがうれしかった。
 後藤美月さんは、絵本「おなみだぽいぽい」の表紙原画と、未使用原画、描き下ろしの絵を半月舎に展示してくれた。絵本「おなみだぽいぽい」は、ネズミの女の子「わたし」が、泣いて泣いて、涙のしみこんだハンカチやパンの耳を「なげました!」と投げると、天井の穴からトリがキャッチしてくれて…という、ほんとうにささやかな、「わたし」だけのひっそりしたお話。「こんなことが絵本になるんですね」という感想をしばしば聞いた。少し抽象的な絵と、詩のような言葉はこびは、絵本とはいえおとなも惹きつけるもので、子どものためだけでなく、自分のために買っていかれるひとも多かったように思う。そんなお客さんたちの姿をみていて、いくつになっても泣きたいときはあっていいと思えた。
 かく言うわたしも、このふたつの展示期間はよく泣いていた。たまたまだけれど、絵のある日々は、おなみだ、おなみだの日々でもあったのだった。それでも毎日なんとか店を開けることができたのは、店で絵が待っていてくれたからだと思っている。後藤さんの展示期間、お客さんと絵本を開きながら、壁に飾られた絵を指差しながら、毎日絵本のお話をしていた。そんなことを繰り返していると、だれもが当たり前に、こころの中におなみだをかくし持っていると思えた。そんなことが、うれしい日々だった。

M

編集部

スポンサーリンク