彦根繍を知る
「彦根繍(ひこねぬい)」は色鮮やかな絹糸で一針ひと針根気よく図柄を刺していく日本刺繍で、彦根市京町の青木刺繍ただ1社が名乗っている。4代目社長の青木恒雄さん(66)は、「着物や帯などの高級呉服、山車の懸想幕、仏壇の打敷などの依頼品をこなしています」と話す。最近は山車の懸想幕の依頼が増え、全国から依頼主がやってくるそうだ。
仕事の流れを簡単に記すと、下絵や原図をもとに使用する糸の色や本数、撚りの強弱を決めて糸を準備するのは青木さんの仕事で、その糸を“縫い師”の女性が刺繍台に向かって刺していく。刺繍の技法はいくつもあり、立体感を出すためにコヨリを縫い込んだり、同じところを数回刺したりなど、青木さんと縫い師さんの精緻な仕事により絹糸が光沢を増し、華麗で豪華な刺繍が仕上がっていく。
同社は明治時代中期、現在の愛荘町出身の初代・青木八右衛門が創業。創業前の青木は養蚕と製糸業に取り組む中、生糸により高い付加価値を持たせようと刺繍製品の開発に乗り出す。欧米向けに“貿易刺繍”または“刺繍絵画”と呼ばれる風景や社寺などをモチーフにしたタペストリーや額などを制作。近代化を目指した日本の有力輸出品として外貨獲得に大いに貢献しただけでなく、技術者育成のため「彦根工芸学校」「彦根工芸学校愛知川分校」も設立、産業・教育両面での地域貢献も果たした。同社には、セントルイス万博(1904年)、日英万博(1910年)の受賞メダルなどが残り、刺繍技術や意匠が高い評価を得たことがうかがえる。主産地は京都であったことから、差別化を図るため「湖東」と製品に落款風の刺繍を施し、「彦根刺繍」と名乗ったのが「彦根繍」と呼ぶ所以だ。やがて、技術面では刺繍を刺したように見える刺繍織が考案され、一部機械化も進む。輸出品から土産物へと姿を変えながら、「昭和40年頃には彦根と愛荘町に刺繍会社は17社、技術者は我が社だけでも100人以上いました」と青木さん。
2012年、青木さんの元に、英国・オックスフォード大学アシュモレアン美術館が企画した明治期に海を渡った布製品を展示紹介する「絹の糸・金の糸」展の展示品の中に「湖東・青木」と刺繍された作品があるとの知らせが届く。翌2013年には富山県で「明治の刺繍絵画展│英国王室で愛された至宝│」展が開催され、里帰り初公開も行われた。青木さんの「地元でもぜひ展示会を」という願いが通じたのが、愛荘町立歴史文化博物館で開催中の夏季特別展「湖東の刺繍│明治に花開いた刺繍絵画│」だ。明治~大正時代に制作され海を渡った作品と、国内で保管され同博物館に委託された明治期の作品、青木刺繍に残る昭和の作品など十数点を展示している。制作から約100年、細く美しい絹糸が描いた世界と制作した人、愛蔵した人たちに思いを馳せてみてはいかがだろうか。
平成29年度夏季特別展「湖東の刺繍 −明治に花開いた刺繍絵画−」
会場 愛荘町立歴史文化博物館 TEL: 0749-37-4500
会期 〜9月18日(祝・月)午前10時~午後5時(入館は4時半まで)月・火曜日休館(最終日は開館)
入館料 一般 300円・小中学生 150円
8月27日(日)午後1時30分〜 「明治刺繍の系譜」と題したギャラリートークと実演
9月10日(日)午前10時30分〜と午後1時30分〜 展示解説
会期中、青木刺繍制作の日本刺繍作品の販売も行っている。
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【光流】