昔、詩を遠ざけた詩人から届いた 詩集『月を抱く』
「昔、いちど詩は捨てたんです。顔見知りの一部の詩人たちの詩集を除いて、全部焼きました。揺るぎなく家族を養うために仕事への傾斜を強めていったというと、カッコイイでしょうけど……」
澤田さんは今年71歳だと思う。5月、5年振りに電話があった。詩集を贈ってくれるという……。
澤田弘行さんに初めてお会いしたのは20年を越えて昔のことだ。愛知郡広域行政組合水道事務所にお勤めで、河川や溜め池の調査をしながら水環境の保全に努めておられた。
「水道の仕事に携わってきて、水を違った方向から見つめてみようと思い、水を研究するサークルを組織して、溜め池の調査を始めました。何とも面白くない活動で、ただ義務的に季節を追って続けていました。ところが、気がつくと水は実にその表情に多様性があり、水辺に住む動植物のヒューマンな行動に魅せられ、報告書を作成しながら、ふと詩の世界を垣間見たわけです。後は、視点の修正を生活の中で考えるだけでした」と当時、話しておられた。水辺は詩で満ちていった……。
僕はかつて、極楽蜻蛉と自称するトンボ研究家の澤田さんに惹かれた。休日ともなるとカメラ2台を肩にかけ水辺を巡り、トンボの姿を追いかける。澤田さんはトンボ一筋だが、水生植物や竹にも思い入れがある。野や山を駆け、人知れず咲き誇る草花を愛し写真を撮り、年に10回の自然観察会を自ら主宰する。日焼けした澤田さんが僕のイメージだった。
澤田さんは「自然観察会は最初は2、3人でしたが、今では大抵、定員オーバーです。それに最近ではトンボの同定(種名を調べる行為)ができる子どもたちも現れて、独りで地道にやってきましたが、その甲斐がありました」と、5年ほど前には話しておられた。
詩集『月を抱く』は、今、机の上にある。カラー頁にトンボと花の写真があった。あとがきを読んだ。
「 カバーの絵は孫娘の「椿」(9歳)にお願いした。表の絵は表題作「月を抱く」を読んでもらって、また、裏の絵は「おおなきしちゃった」を椿の妹の「環」(4歳)をモデルにして描いてもらった。いかにも家族的で個人主義的な詩集の表現となった」。
揺るぎなく家族を養うために仕事への傾斜の果ての詩集である。月を抱く男は紛れもなく澤田さんだろう。ゆっくりと読んだ。穏やかな澤田さんのあとがきからは遠く、鮮やかに裏切られ、僕は安心したのである。
いずれ写真を撮りに一緒に連れて行って欲しいからと20年前も5年前も約束したような気がしているが、未だに果たせていない。「昔、いちど詩は捨てたんです」という人の後を黙って歩いてみたくなった。
詩集『月を抱く』
A5判96頁・サンライズ出版
頒価2,000円
お問い合わせ
著者 澤田弘行 東近江市横溝町
TEL: 090-2592-4503
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【小太郎】