半月舎だより 3

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2016年10月28日更新

 年に何回か、行商に出かける。古書組合に所属していない私たちに、古書市だとか、古本関係のイベントの誘いが来ることはほぼない。手づくりの品や食べ物がならぶ市などにお誘いいただくことが多い。どんなひとが来るだろうと想像しながら店の本棚から本を選んで、箱に詰めて運び出す。屋外や、古い民家や、いろいろな場所で出店する。その場所に合わせて机や椅子を設置して、本を並べるのが楽しい。
 彦根を中心とした近隣での出店が多いのだが、出店する場所によって、売れてゆく本の傾向がちがうのがおもしろい。彦根、米原、長浜のあたりで出店すると、子どものために絵本をもとめるひとが多い。今年信楽で主催した一箱古本市でも、絵本がよく売れた。
 感心したのは昨年旧水口図書館でひとり古本市をしたときで、まず建物の空間がすばらしかった。昭和初期に建てられたヴォーリズ建築のこの旧図書館の2階は、今は本棚はなく、がらんとしていた。本棚のかわりに、借りた会議机に本を並べていった。すると、急に空間が生き生きして見えて、ここが間違いなく図書館だったことが感じられ、わたしはひとり、感動した。
 静かでとても長閑な場所で、果たしてお客さんは来るのかしらと思っていたのだが、それは杞憂にすぎなかった。お客さんは次々訪れ、なかにはここが図書館だった頃のことを急に思い出すひとも多いようで、司書の先生がちょっとこわくてね、などというお話を、何人かの方からきいた。そして、最初はそんな話をしていた人たちが、いつしか吸い込まれるように本に集中しはじめる瞬間を何度も見た。部屋のなかは静かになり、ときどき、隣の水口小学校のチャイムが聞こえた。そして、自分のための本をもとめるひとが多く、芸術、文学、社会学など、店でもなかなか売れないような本が買われていった。以来わたしは、水口というまちに対する目が変わってしまった。
 行商の楽しみは、帰ってきた後にもある。本をふたたび本棚にもどすとき、ふと気づくことがいろいろあり、棚を並べ替える機会になる。そうして少し動かした本が、なぜか翌日に売れたりするので不思議だ。そんなこんなで、ちょこちょこと店を閉めて、わたしは行商へ行く。

M

編集部

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