菅山寺の梵鐘

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 2015年6月17日更新

 青い梅の実る頃、湿った梅林を歩くと僕は決まって菅原道真を思い出す。多分、そんなことしか思い浮かばないのだ。梅干しの種の中にある柔らかな「天神さん」を連想するからだ。子どもの頃、真夏には家の裏に干してある梅干しを食べ、種を金槌で割って天神さんを取りだし、これもまた食べたという経験がある。今思えば賢くなりたいと言うのではなく、食べることができると知り、その味への興味だけだったのかもしれない。何故、天神さんと呼ばれるのかは、「東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春な忘るな」の歌でも知られるように菅原道真が梅を愛していたことに由来すると知り、合わせて道真公を祀る神社には梅が植わっていることに納得した次第である。
 菅原道真の出生は奈良市説、京都市説、島根県松江市説があり、本当のところは定かではないとされている。近江では余呉湖(滋賀県長浜市)が道真公のお生まれになった場所として語り継がれている。
 余呉湖周辺には日本最古の羽衣伝説が伝わっている。それは伊香刀美の物語である。
「伊香刀美は天女に恋心を抱き、白い犬に羽衣を盗み取らせた。天女は、羽衣がないため飛び立てず、伊香刀美の妻となり、4人の子供を産んだ。兄の名は意美志留(おみしる)、弟の名は那志刀美(なしとみ)、姉娘は伊是理比咩(いざりひめ)、妹娘は奈是理比咩(なぜりひめ)。これが伊香連の(伊香郡を開拓した豪族)先祖である」というものだ。木之本の伊香具神社は延喜式内社で御祭神は伊香津臣命。伊香刀美と同一視されている。
 そしてもうひとつの羽衣伝説として、桐畑太夫の話が伝わる。桐畑太夫と天女との間に男の子が生まれたが、天女は羽衣を見つけて天へ帰ってしまう。菅山寺の僧・尊元阿闍梨は、母のない幼子を憐れみ寺に連れ帰って養育し、後に菅原是善卿の養子となった。この子が菅原道真であるというものだ。
 日本で最も古い羽衣伝説のある地で、道真を慕った人々が桐畑太夫へと結びつけて語り継いだのだろう。
 菅山寺の天満宮は、坂口(弘善館)から約50分の大箕(だいき)山中にあり、現在は無住となっている。ウッディパル余呉からアプローチすることもできる。開山は奈良時代で龍頭大箕寺と称し、平安前期に菅原道真が宇多天皇の勅使として入山し、3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名。山門の左右には、菅原道真公御手植えと伝えられる樹齢千余年の欅がそびえ、樹林の間に本堂、護摩堂、経堂、鐘楼が建っている。鎌倉中期の作銘を持つ銅鐘は高さ約1・27メートル、口径約70センチ、銘文付きの梵鐘では県内で2番目に古い(国の重要文化財)。
 坂口の参道入口の鳥居から少し登ったところに里坊「弘善館」がある。菅原道真の十一歳の像、本地佛の十一面観音像(平安時代)など菅公ゆかりの品や菅山寺宝物資料を展示しているのだが、今年4月末、修復を終えた梵鐘も帰って来た。梵鐘には、

『菅山寺
近江国伊香郡有弌霊窟尤是称美是故本願聖霊菅大相国建立精舎於当山安置明王於本尊自爾以降年紀懇矣霊験炳然繁昌無窮故満徒等広為』

 と刻まれている。菅大相国が道真である。
 青い梅の季節、道真公が天女の子であることを改めて考えてみたい。

弘善館 長浜市余呉町坂口

お問い合わせ: 奥びわ湖観光協会
TEL: 0749-82-5909(平日)/ 0749-82-5135(土・日・祝日)

菅山寺の寺宝を拝観することができると共に、ご朱印も授かることができる。拝観料300円(要予約)

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

編集部

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