" />

淡海の妖怪

蜘蛛ノ火・死んだ明智の蜘蛛火

このエントリーをはてなブックマークに追加 2021年3月11日更新

 昨年6月、『伊吹山文化資料館(米原市春照)の髙橋順之さんからメールをいただいた。「資料館で牧野富太郎に関する企画展をしています。その展示資料の江戸時代の文献に伊吹山の『蜘蛛ノ火』についての記載があります」というものだった。「蜘蛛ノ火」については来月記すことにする』と書いた。蜻蛉さんの「伊吹山文化資料館へGO!」の原稿を読み、「蜘蛛ノ火」について書いていないことに気がついたので、今回は「太郎坊天狗・其の二」の予定だったが、一年越しの約束を果たすことにする。
 髙橋さんのいう江戸時代の展示資料は、大窪舒三郎昌章著『諸国採薬記』(国立国会図書館所蔵)である。天保2年(1831)に書かれたもので「伊吹山採薬記」に「蜘蛛ノ火」の記述がある。
 「夜伊吹山ヘ登ルト折節見ル事アリ五六寸廻リニ光ルモノ所所ニ見ユ近ヅケハ遠クトヒ去ト云フ。タイラグモト云四方ヘ足ヲヨセタルクモノ多クアツマリ光リヲナスト云」
 夜に伊吹山に登ると、ときどきタイラグモが集まって20センチくらいの光の球となって浮いているのがところどころに見え、近づけば離れていくというのだ。お伽噺のような美しい光景に思える。
 「蜘蛛火」は、『日本妖怪大事典』(村上健司編著)に「奈良県磯城郡纏向村(桜井市)でいう怪火。数百の蜘蛛が一塊(ひとかたまり)の火となって虚空を飛行するもので、これにあたると死んでしまうという。岡山県倉敷市玉島八島には蜘蛛の火というものがある」と記されている。「蜘蛛ノ火」は「蜘蛛火」と同種の怪異である。
 イヌワシは漢字で「狗鷲」と書く。突出した大きな嘴、発達した視力、広い行動圏、すぐれた飛翔力、大きな翼と扇型の尾羽など、イヌワシは天狗のモデルともいわれている。大窪は同書に伊吹山に連なる弥高山に「天狗多シト云」と記しているところも興味深い。
 ところで、『47都道府県・妖怪伝承百科』(丸善出版)にリチャード・ゴードン・スミスの書いた『Ancient Tales and Folklore of Japan』(日本昔話民間説話集)に、「The Spider Fire of the Dead Akechi」(死んだ明智の幽霊の蜘蛛火)の話が載っていた。15センチほどで、舟を難破させたり、航路を間違わせたりするらしい。
 伊吹山文化資料館で企画展が行われた「牧野富太郎」は、植物分類学の基礎を築き、日本の植物学の父と称される人物だ。明治14年(1881)に初めて伊吹山を訪れ、その後もたびたび植物探査と採取を行っている。大窪は、尾張藩御薬園御用役を務める江戸時代後期の本草家である。精巧な線画の本草図を得意とし、『蜘蛛類図説』はシーボルトが帰国の際に持ち帰っている(朝日日本歴史人物事典)。意外なところで、明智光秀と蜘蛛ノ火が繫がった。
 今年は、リチャード・ゴードン・スミスについても調べたいと思っている。 

スポンサーリンク