ソラミミ堂

淡海宇宙誌 XVII 母呼ぶまなこ

このエントリーをはてなブックマークに追加 2011年11月7日更新

イラスト:  上田三佳

 週末に、家族で登った伊吹山のてっぺんで、思わず苦笑してしまいました。
 ああ、またしても叫んでいるな「おかあさーん!」って。
 少し前に、琵琶湖の「風景図鑑」をつくるお手伝いしたことがありました。
 人々から寄せられたたくさんの写真をつかって、琵琶湖の、水辺の、風景の図鑑を編む。
 直感をたよりに、たくさんの写真に写された琵琶湖の表情を選り分け、並べ、名付けていきました。
 自家製の分類学に従ってつくった目次は結局、こんな具合になりました。
 それは「うむ」。
 それは「はぐくむ」。
 それは「むかえ」、それは「おくる」。
 それは「いやす」。
 それは「なだめ」、それは「おしえ」、それは「さとす」。
 それはときに「といかける」。
 ひっくるめると、それはすなわち「母」なのでした。
 琵琶湖はやっぱり母なんだねとうなずきあって、ふと気づいたことがありました。
 マンションのベランダから、小高い丘の上から、電車の窓から、細い路地の隙間から、琵琶湖をまなざし、カメラを構えて、琵琶湖を撮るということは、これはようするに、誰もがみんな、呼んでいるんだ、琵琶湖を、「おかあさーん!」って。
 心がそれと意識しているかいないか、そんなことはお構いなしに、僕たちは、というよりも、そう、僕より先に僕のまなこがそれを呼ぶんだ、「おかあさーん!」と、あの水を。
「おかあさーん!」
 僕らのまなこがふもとに呼ぶと、霧の晴れ間に「なあに」とばかりに琵琶湖が見えて、そして僕らははにかみながらこう言うのです。
「ううん、ちょっと、呼んでみただけ」。

スポンサーリンク
関連キーワード