淡海宇宙誌 XVI テーブル下の魚
きょうも、腕白な密航者たちが、家の田舟を繰り出して、縦に横に張り巡らされた堀の上で遊んでいます。
水の国の、舟の民の子らなのですから、舟を操る棹のさばきもお手のものです。
ゆっくりと舟を進めながら、へりにかじりついて、堀の底をのぞきこんでいます。
目を凝らすと、体はぜんぶ砂にうずめて、水底に隠れている大きな貝がいます。唇の先だけちょっと砂の上に出して、うっすらと口をあけて息をしている。
そいつを見つけると、少年は手に持った細長い棒をそーっと水中に差し入れます。この棒は、水辺に生えている葦の茎です。細い竹、稲や麦の藁なども使える。先っぽを刻んでちょっと工夫したのもあります。
スーッと棒を近づけて、そして、うっすら開いた貝の口のなかへ、先っぽをツンッと突っ込む。驚いた貝はあわてて口をパクッと閉じる。
棒をまたそーっと引っ張りあげたら釣れました。泥貝です。
棒切れ一本、何の仕掛けもいらない泥貝釣り。
他にはまた、竹筒を切って束ねて水に沈めてうなぎ取り。
まだ寒い時期、夜に出かけるトボシ漁。カーバイトの灯で水中を照らすと葦の根元で眠るフナを見つけて冷たい水にそっと手を入れてやると、魚のほうから人間の掌の温みのほうへぺったりと身を寄せてくる――。
きのうの腕白が、きょうはすっかり白髪になって、いまだって、敬老会だというので、始めこそ神妙そうな顔でいたのが、なんのことはない、すうっと子供に戻ってしまって「こうやって、水路の土手のうろを探って・・・」、とお祝いのお膳の並んだテーブルの下に両手を入れて、記憶の魚をつかんでいます。