淡海宇宙誌 XII 力持ちの一
毎年毎年この緑、これは一体なにごとだろう!五月のいのちに、僕はいつでも圧倒されます。
神話によると、多賀の地にいますイザナギの神さまは、火傷がもとで死んでしまった妻イザナミの神さま恋しさに、地の底にある死者の国まで出かけるものの、妻と交わした「見るな」の約束を破り、妻神さまの変わり果てた姿を見てしまう。
恐ろしくなって逃げ出す夫を、怒った妻が追いかける。
すんでのところで地上に飛び出し、イザナギの神さまは、おおきな岩であの世とこの世の出入り口をふさぎます。
そして、あの世とこの世の境の岩を挟んで神さま夫婦が向かい合い、言葉を交わす。
イザナミの神さまが「美しいわたしの夫よ、こうなったからには、わたしはあなたの国の人びとを、一日に千人殺してやりましょう」と言う。イザナミの神さまは、これに答えて「愛しいわたしの妻よ、それならわたしは一日に千五百人、人をこの世に産ましめよう」と宣言する。
こうしてこの世では一日に千人が死に千五百人が生まれるということが始まり、生きると死ぬの追いかけっこがはじまったのだというわけです。
村の長老が、よく似たことを言っていたなあ。
「この村には良いところも悪いところも同じくらいある。ただ、悪いことをわずかに超える良いことがある。悪いことが百あっても、良いことが百一ある。このぎりぎりの一のおかげで生きてきたのと違うかな。良いも悪いも、生きるも死ぬも、ぎりぎりの一。でもその一は、良い百も悪い百もみんな背負って走れるような、力持ちの一でなあ。そういう一が誰にでもある」。
この木の枝の若葉にも、な。とわが長老は言ったのでした。