淡海宇宙誌 X 風に揺れずに咲いていた
伊吹の陶芸家市川さんは、若き日の求道の旅のさなかに、忘れられない体験をしました。
その日、放浪の身の青年は、日本の北の果て、広大な大地と森、そのただなかに敷かれた一本の道を、たったひとり、自転車で走っていました。
ひたすらに漕ぎすすみ、やがて疲れて立ち止まると、ふるさとを遠く離れた広い広い大地に続く長い長い一本の道で、前を見ても、後ろを振り返っても、その道を行かんとするのは自分ただひとり。
目指す先はまだ遠い。引き返すにもまた遠い。
はるかに吹きつけてくる風がざわざわと木々を揺らし森を揺らして、ひとり立つ青年の心にも吹き込んでくるようでした。
自分はいま、ひとりぼっちだ。ひとりぼっちできたこの道は、ただしい道だっただろうか。
ひとり立つ青年の心のまんなかに、吹き寄せてきたのは孤独でした。
まさにその孤独のなかで、青年は生涯忘れられない出会いを果たしたのです。
それは小さな野の草でした。
立ち尽くす青年の足もとで、黄色い花を咲かせていた。
黄色い花を咲かせ、風のなかで、風に揺られていなかった!
森をも揺らす風のなかで、その野の草は、すっくと立ち上がり、天に向かい花を捧げていた。
孤独に立ち尽くす青年の陰に守られて、野の草は凛としてそこに立っていた。
その瞬間、その野の草の姿が青年を目覚めさせました。
自分はひとりではない、自分は孤独ではない。こんな途方もない場所で、迷い、立ち尽くしていても、自分は、この小さな野の草とつながっている。自分の存在は、「存在」は疑いもなく、世界に作用しているのだと。