山内製菓店のカステラパン
JR木ノ本駅1階の「ふれあいステーションおかん」に立ち寄ったときのこと。農産品や特産品にまじってパンが置いてあった。カステラパンと書かれたパッケージは、初めて見るのに懐かしいという感じがぴったりだ。思わず手にとると「アメリカ堂さんのパン、人気なんですよ」と販売所の方に声をかけられた。
カステラパンに、「アメリカ堂の」と付けて声にしてみる。
「アメリカ堂のカステラパン…」
食べるとほんのり甘くて美味しい。ますますノスタルジックだ。ところが、パンの包材のどこにも「アメリカ堂」の名前は無かった。
「アメリカ堂」のパンは、木之本町川合の「山内製菓店」でつくられ、毎週水曜にここに配達される。数も限られ、早めに来ないと手に入らないらしい。話を手がかりに「アメリカ堂」を求めて川合を訪れた……。
「今はもうアメリカ堂じゃないんです」と、パンを製造する山内辰昭さんが教えてくださった。
昭和28年、戦前に大津でパン屋を営んでいた山内さんのお父さんが、木之本町内で営業していたパン屋「アメリカ堂」の依頼に応じて、名前ごと買い取ったことに始まる。その頃、山内さんご自身もパン作りの道に入った。ほどなく木之本の町中から川合の実家に製造場所を移して、卸売りを中心に営業を続けてきた。
つまり、木之本には昭和28年以前にも「アメリカ堂」のパンは存在していた。しかし、これは別の話である。
3年前、製造を週に1回に縮小した時に、「アメリカ堂」から「山内製菓店」へと屋号を変えたのだが、地元では「アメリカ堂」の名前で親しまれ続けている。
山内さんが作るパンは生地がほんのり甘い。「生地は砂糖をはじめ副資材の配合によって決まります。うちは小売店への卸売りが中心だったので、数日間販売していても風味が良く、やわらかいパンであることが大事です。パン発酵に必要なイースト菌は糖分(砂糖・ブドウ糖等々)を食べアルコールと炭酸ガスを出し、生地を膨らませます。やわらかなパンにするためには砂糖をどれだけ入れるかなんです。今は焼きたてのパンというのが人気ですが、時間が経つとぱさぱさするのは砂糖が少ないからでしょう」と山内さんは話す。
パン生地のキメの細かさは、発酵のときの温度と時間の管理を徹底することが何より重要だという。山々が迫る川合の冬は厳しく、戸外とはガラス戸1枚隔てた場所で、湯を用意しパンづくり約60年の経験と勘で、生地を温め発酵を促す。ずっとそうやって季節と向き合ってきた。
「好きなこともしたいからねえ。体力の続く限りはパンを焼いているやろうなあ」と、製造を週に1回にした理由を温和な表情でつぶやく。パンを焼く一方で、書道をたしなみ、指導も行っている。ご夫婦で始めた四国八十八ヶ所巡りは、まだ半分だという。
山内さんのような人が焼いているから、見た目も味も、きっと時代を隔てた懐かしさが、漂うのだろう。「アメリカ堂のカステラパン」という音だけでは、もうノスタルジーを感じることはなかった。
山内製菓店(旧店名 アメリカ堂)
滋賀県伊香郡木之本町川合1311 / TEL: 0749-82-2074
ふれあいステーションおかん(TEL: 0749-82-5020)
揚げパン、カステラパン、あんぱんなど全品100円。
毎週火曜の夕方から水曜にかけては山内製菓店での購入も可能(年末年始休)。
12月28日(月)午後〜1月7日(木)午前までは休み。
ふれあいステーションおかんには毎週水曜日配達。
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
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