源泉かけ流しの湯を堪能する
須賀谷温泉
志賀直哉の「城崎にて」の世界をうらやましく思っていたことがある。閑寂な温泉地での療養に、文豪はいいなあと思っていた。しかし、志賀直哉の療養は、電車にはねられ大怪我をしたためであった。健康な私であるけれども、この季節は温泉が恋しい。近くて日帰りのできる温泉に向かった。
須賀谷温泉は、北近江の戦国武将浅井長政やその妻お市の方も湯治に通ったと伝わる歴史あるお湯である。温泉地として営業が始まったのは大正からで、現在は旅館「須賀谷温泉」に引き継がれている。
須賀谷温泉の温泉としての魅力はなんといっても、「源泉かけ流し」にある。湧き出した温泉を循環・ろ過などせず、絶え間なく湯舟に注いでいる状態がかけ流しである。お湯が新鮮であり、源泉のもつ効能を最大限に味わえる。世に温泉にこだわる人は多いけれど、こだわりの一番の基準は、かけ流しであるかどうか、にあるのではないだろうか。
須賀谷温泉の泉温は約18度なので加温はしているが、それによって湯の成分が変わることはないという。お湯を見ると、茶色がかっている。ヒドロ炭酸鉄泉と分類される泉質で、鉄分を多く含んでいる。だから空気に触れると酸化して無色透明な湯が変色する。神経痛や胃腸病、皮膚疾患に効くそうだ。年中胃腸の不調に悩まされている私にとっては、まさに療養の湯である。
須賀谷温泉には観音様がおられるというのが、もうひとつの魅力かもしれない。旅館の建物の後方に観音堂があり、平安時代に彫られたという十一面観音坐像が祀られている。余呉にある全長寺の仏様をお預かりしているのだという。温泉で出会うとは不思議な気持ちがした。
「湯治に来られる方々の健康を祈願する気持ちで祀っています。温泉と観音様で体も心も癒していただければ」と旅館の方が教えてくださった。
山々に囲まれた須賀谷の集落は本当に静かだった。ここは、賤ヶ岳の七本槍のひとり、片桐且元の出生地である。且元もこの湯を浴びたのかもしれない。山を越えると小谷山だ。お湯につかっていると、私流の「城崎にて」の世界が広がってくるように思えるのである。
須賀谷温泉
滋賀県長浜市須賀谷町36 / TEL: 0749-74-2235
日帰り入浴
大人 1,000円 11:00〜21:00
(土曜・祝前日の15時以降の入浴についてはあらかじめ確認をお願いします)
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【椰子】