伏流水ではなく伏龍水？

　愛知川と国道8号線が交わる角に、セルフのガソリンスタンドがある。整備工場も備えた大きな敷地の一画に、龍の口から水が出ていた。
　「この『鈴鹿の伏龍水』は鈴鹿山脈の豊かな伏流水を地下108mの井戸から汲み上げた豊富なミネラル分を含む天然水です」という説明書きがあった。湧き水コーナーだとはわかったが、ガソリンスタンドとの組み合わせがおもしろいと思った……。
　「7年前にスタンドを新装したときに、掘ったものです。環境へ配慮したいと、洗車機にもこの水を使っています。水は自由にお持ちいただいています。給油されなくても大丈夫ですよ」と、ガソリンスタンドを運営する藤野商事社長の藤野滋さん（54）が教えてくださった。
　さらに気になったのが「伏龍水」という名前だ。本来なら「伏流水」である。
　「三上山のムカデ退治の伝説はご存知ですか。ムカデを退治した若者をもてなしたのは瀬田川の龍神様なんです。この龍神様は毎年6月に愛知川をさかのぼり、永源寺の龍神様に会いに来られたそうなんです。永源寺の龍神様は天湯川桁命（あめのゆかわけたのみこと）といい、愛知川流域には天湯川桁命を祀る神社が少なくないんです」。
　藤野さんは愛知川の龍神様について調べておられて、私は天湯川桁命を祀る神社などについて多くの資料をいただくことになった。
　藤野商事さんのホームページには湧き水を紹介しているコーナーがあり、こんな一文がある。

——上水道が普及する前、盆に里帰りした人が一番にするのが『鉄管ビール』だった。ポンプ・アップした地下水をコップでグビリと飲むだけのことだが至上の幸せだった。やはりこの町に戻りたいと体の奥で何かがささやく。——

　藤野さんが寄せた文章である。ガソリンスタンドの湧き水は、藤野さんの地元愛が湧き出てもいるのだ。今はどこでだって飲み物が手に入って、各地の名水もコンビニで買える。豊かさとは何なのか……。えんえんと湧き出でる伏龍水を前にして……、『鉄管ビール』って真水なんだと改めて思った。実に、豊かである。

【いと】