湖上という非日常
湖上タクシー
曇天と湿度の高い日が続いている。顔をしかめていた私にリフレッシュできるよ、とすすめられたのが「北びわこ湖上タクシー研究会」の湖上タクシーだった。
湖北町の尾上港から出発する。港に停泊している漁船がタクシーである。甲板にはベンチが設置されていた。行き先も乗船時間も自由にリクエストできる。エリを見たい人もいれば、竹生島へ行きたいという人もいる。春には海津大崎の桜の見物なんていうのもありだ。もちろん船長さんにおまかせという手もある。代表の松岡正富さんはじめ、湖北地域の漁師さんが運航しておられるので、その漁師さんならではの琵琶湖ガイドをしていただける。
尾上にお住まいの松岡さんは祖父の代から続く漁師さんだが、「魚はあんまり獲ってない」と笑う。それにはこんな理由がある。
40年前ほど前までは琵琶湖全体の湖魚の漁獲高は年間1万トンだった。それが減少し続けここ約15年は年間2千トン程度しか獲れないのだという。かつてより琵琶湖がきれいになり、稚魚も数多く放流しているにもかかわらず、だ。何らかの理由で琵琶湖が深刻な状態に陥っていると松岡さんは感じ、なんとかしなければと訴え続けてきた。増えない魚を獲れば、減るだけである。
「自然の連鎖のなかでの余りを獲るのが漁師の本分」だと松岡さんは考えている。だから漁をするよりも、ビワマスやタナゴなどを育て、放流しているのだという。
「陸上のコトやモノは人間と目線が一緒のときがあるけれど、琵琶湖の水の中のコトを目にする機会はほとんどないでしょう。琵琶湖のただ事でない変化を一緒に感じてほしかった」と湖上タクシーを始めたきっかけを教えてくださった。
港を出てしばらくして船が止まった。「湖岸を走る車の音がはっきり聞こえるでしょう」と松岡さんが言うように断続的な車の音に空を飛ぶ鳥の鳴き声が重なる。目をこらせば水中の魚も見えてくるそうだ。日常生活のなかで埋もれていた五感がクリアになってくるのだという。それは湖上という場所が私たちにとっては非日常であるからだ。停留した漁船は琵琶湖の波と一緒になって揺れ、少しずつ流されている。その揺れの心地よさに身を委ねながら奥琵琶湖の入り組み具合に改めて心を奪われる。
船に乗った日も曇り空で湿度の高い日だった。でもそれは陸上で感じるのと違う肌触りだ。
松岡さんのおすすめだというのが夜の湖上。もちろん次の機会にと目論んでいる。
湖上という非日常は、その気になれば隣り合わせだったりする。少し前までは、湖上も日常だったのだ……。
北びわこ湖上タクシー研究会
1人1,000円(30分)から予約制
TEL: 090-6901-0049(松岡さん)
基本的には尾上港から出発(要相談)
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【青緑】