宗安寺の幽霊の絵 公開
人間の側が活気づいてくると、どうやらあちらの世界も賑やかになってくるようで、夏は怪談の季節でもある。彦根市の夢京橋キャッスルロードにある宗安寺で、一晩だけ「幽霊の絵」が公開される予定だと聞き、訪ねてみた。
宗安寺は、江戸時代の初め、彦根城下町が作られたときに現在の場所へ移された古刹である。寺内には佐和山城の表門を移築したと伝わる赤門や朝鮮通信使高官の肖像など、歴史的価値のある寺宝のほか、檀家から納められた物も多く保管されていて、「幽霊の絵」もそのうちのひとつである。住職の竹内真道さん(55)にお話を伺った。
「いつ頃かははっきりとしませんが、先代の住職に檀家さんから納められたと聞いています。普段は奥の収蔵庫で保管していまして、数年前に一度、商店街のゆかたまつりで公開したことがあります」。
昨年、まつりに来たお客さんから「もう、あの絵は公開しないのですか?」と問い合わせがあり、今年のゆかたまつりに合わせて一日だけ展示することになったという。一足早く、絵を見せていただいた。
色白な女性が描かれていた。髪は足元に届くくらい長く、後れ毛を口に咥えている。美しいと思った。視線を外しても、引き戻される……。着物に描かれた藤の花とクモの巣の柄が印象的だった。いわゆる「うらめしや〜」と語られる幽霊とは違う雰囲気である。
「便宜上、『幽霊の絵』と呼んでいますが、これは近代の女流画家である上村松園さんがお描きになった『焔』という絵を模写したものなんです。この絵自体に怪談的な曰くがあるわけではなく、モチーフとなっているのが、古典文学の源氏物語に登場する六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)なんです」。
竹内さんに教えていただいた。六条御息所は源氏物語の主人公・光源氏の恋人として登場する。光源氏を強く想うあまりに生霊と化し、光源氏の正妻だった葵上をとり殺してしまう。後の芸能文化に強く影響を残した、有名なシーンである。それを知った上で改めてじっくり見ると、着物に描かれたクモの巣の意味やその視線の先にあるものに想像が及び、少し背筋が涼しくなった気がした。
上村画伯はそのシーンを謡曲にした「葵上」から着想し、大正7年(1918)に元の絵を描いたという。それを、誰が、いつ、模写し、どういう経緯で宗安寺の檀家に至ったのかは判らないが、かなり精密に写されているらしい。宗安寺蔵の方が、少しだけ幽霊風味が強いという。
「この絵を見た人に幽霊を信じてほしいとか、単なる見世物として見てほしいというわけではありません。日常生活の中にある目に見えない何かに畏敬の念を持つという、昔から日本人が大切にしてきた感覚を感じるきっかけとなってもらえればと思っています」。
公開当日は薄暗い照明で演出され、より雰囲気を味わうことができるようになるそうだ。次回の公開は未定である。
一度、実物を見てほしい。そこには写真では伝わらない迫力と、人間の二面性をも感じることができるだろう。日本の暑い夏の夜に相応しい涼しさと一緒にである。
浄土宗弘誓山天白院 宗安寺
滋賀県彦根市本町2-3-7
TEL: 0749-22-0801 / FAX: 0749-22-9881
『幽霊の絵』公開(会場や時間は変更される場合があります)
公開時間 7月26日18:00〜20:00
※拝観は有料です(お賽銭程度)
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
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