KiKiの環世界
花しょうぶ通り商店街にあるギャラリー寺子屋で、「KiKiの環世界—動物行動学者・日髙敏隆の著作と妻・喜久子の挿絵展—」がはじまる。
湖東湖北地域であれば、1995年彦根に開学した滋賀県立大学の初代学長として、日髙敏隆先生を知るひとは多いだろうと思う。
2009年に亡くなられ、私自身は生前お会いしたことはない。けれども「日髙先生」についてのエピソードは、何人ものひとから聞いている。多くのひとが、「日髙先生」への敬愛にみちた言葉で、なつかしい思い出として話してくれる。聞きながら、「日髙先生」と一緒に時を過ごしたひとをうらやましく思う。そんな思い出話を聞くのは、わたしのひそかな楽しみだ。教えを受けたことのないわたしが「先生」というのはおかしいのかもしれないが、語り部のみなさんにならって、わたしも「日髙先生」と呼んでいる。
昆虫、魚類、哺乳類など幅広い研究で知られ、日本における動物行動学の草創期に大きな役割を果たした日髙先生の著作は膨大だ。専門書ではない、いわゆる一般向けの著作も多い。専門的なことをやさしく、おかしみをまじえて綴られた本の何冊かは、わたしの本棚にもささっている。
そうした本のなかに、ちょっと奇妙な、けれでも不思議でかわいらしいイラストが、表紙や本文中を飾っているものがある。それらは、日髙先生の「ワイフ」で「KiKi」こと喜久子さんによるものだ。なかでもわたしが好きなのは、日髙家に暮らすネコたちについて書かれた「ネコたちをめぐる世界」。日髙先生の文章はもちろん、そこから着想された奇想天外なネコの世界を描いた喜久子さんのイラストが楽しい。今回の「KiKiの環世界」でも、この原画が何点か展示される。
展示会のタイトルとなった「環世界」という耳慣れぬことばは、「生物から見た世界」という本を翻訳した際に、日髙先生が生み出した造語だ。言語にも堪能な日髙先生は、動物行動学の名著を数多く翻訳し、日本に紹介していた。
「生物から見た世界」(岩波文庫)の訳者あとがきに、日髙先生と本書の出会いが記されている。日髙先生がこの本に出会ったのは中学二年生のとき。「動物には世界がどう見えているか」ではなく「彼らが世界をどう見ているか」という内容は「じつに新鮮なものに感じられて、その後ずっとぼくの心に残ることになった」という。動物の主観的な「世界」=「Umwelt」を、訳者は当時「環境世界」と訳していた。自身が翻訳するにあたって、日髙先生は本書の鍵となるこのことばに対峙する。「客観的に記述されうる環境(略)というものはあるかもしれないが、そのなかにいるそれぞれの主体にしてみれば、そこに「現実に」存在しているのは、その主体がつくりあげた世界なのであり、客観的な「環境」ではないのである」として、「環境」に対することば「Umwelt」を「環世界」としたそうだ。
喜久子さんの絵は、幻想的でありながら妙なリアリティも感じられる。それは喜久子さんの「環世界」から生まれているのだろう。「それがいかなる主体にとっての環世界なのか、それがつねに問題なのである」という日髙先生のことばを思う。ネコたちと話すように、その世界に遊ぶように楽しみたい。
KiKiの環世界—動物行動学者・日髙敏隆の著作と妻・喜久子の挿絵展—
2016年3月27日(日)〜4月10日(日)11:00〜17:00 入場無料
ギャラリー&カフェ 寺子屋(彦根市河原2-3-6)
TEL: 0749-22-1601
主催:KiKiの環世界展実行委員会
共催:花しょうぶ通り商店街振興組合 / 河原町・芹町美しいまちづくり委員会
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【はま】