カレーと野獣の夜
「カレー野獣館」という本を手にしたのは今年の4月のことだった。赤・黄・緑・黒という4色のカレー色に分かれたその小さな冊子には、それぞれカレーと食に関する幻想文学が綴られている。何のことが書いてあるのかよくわからない。けれどなぜか読み進めてしまう。そんな不思議な引力のある文章だ。著者は虹釜太郎。1993〜95年の2年間だけ存在した伝説的レコード屋「パリペキンレコーズ」主宰などで、特に音楽の世界で知られるひとだ。
前々からカレーに興味をもっていた私は、4色の冊子と、米とスパイスとCDが缶に入っているセット「カレー野獣缶」を買った。「もし遭難したりしたら、この缶を飯盒がわりに、本を燃やして、ご飯を炊くことができる」という謎のふれ込みだった。帰りの電車でドキドキしながら蓋を開けると、スパイスの香りがして、長粒の米がこぼれてきた。膝の上に、インドで食べたチキンカレーがのっているよう香りが広がって、うっとりした。
それから半年も経たないうちに、縁あって、虹釜太郎さんは彦根に来てくれた。何のことを書いているのかよくわからない「カレー野獣館」の解題をしてくれることになった。
虹釜さんは、食に関しても熱量が高い。「毎日3食同じものを1ヶ月は食べ続けないとわからない」ということで、毎日工夫しながらカレーをつくって食べ続けるうち、体を壊して入院、その病床で「なんでこんなことになってしまったんだ…」と思いながら書き留めたことをもとに「カレー野獣館」は生まれたという。あるいはこれは、闘病の、そして解毒の物語なのかもしれない。
虹釜さんの食の話は、食べることが必ずしもおいしいこと・楽しいこと、という方向に向かっていない。むしろ、辛さや苦しさも含む、「食べることによる感覚・肉体の変容」のようなものがテーマである気がした。個人的に行う食が、おいしく楽しいものでなくてはいけない理由とは何なのか?そんな問いが立ち上がる。そもそもおいしいって何だろう?それは体調や素材や食べる状況や、さまざまな条件で変わりうるものだ。食という行為のもつ多面性、そこから立ち上がる幻想に、迷い込んだような夜だった。
「カレー野獣館」は、古本屋の「半月舎」(彦根市中央町2-29)で買うこともできる。
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
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