路上観察・始めました 6
高所ドアのある建物
「トマソンとはどんなものか」という話をするとき、「建物の一部や構築物で、本来の役割をもはや果たしていないけれども残っている『無用の長物』」という定義とともにご紹介したいのがこの物件だ。
トマソンという概念を知らなかった頃から、私はこの建物が大好きだった。年月を感じるやさしい肌色の壁、あたたかみのある橙色の屋根瓦。玄関扉と各窓の上に几帳面に取り付けられた小さな庇。そして2階の中央に頼りなく浮かぶピンク色のドア……。
このドアこそ「高所ドア」と呼ばれているタイプのトマソンである。もしかすると過去にはベランダなどついていて、有用なドアだったのかもしれないが、現在では、無用のドアとなっている。
しかしこの浮遊感、形状。初めて見たとき、「どこでもドアだ」と、つい現実離れしたことを思ったものだ。現実には、このドアを開けてもどこにも行けない。それどころか、開けたら危険だ。現実は厳しい……。
ところで、この物件を何度か見に行っているうちに、玄関の横の庇も気になってきた。庇の下の壁をよく見ると、開口部を塗り込めた痕跡がある。もし呼び鈴がなかったら、何も庇っていない庇「無用庇」というタイプのトマソンになるところだった、という物件だ。かろうじて庇は、呼び鈴と呼び鈴を押す手を庇っている。
トマソンがトマソンを呼ぶような、こんな建物が大好きだ。
【はま】