璞蔵主(ハクゾウス)
理由があって、淡海の妖怪を再考することになった。まず、「璞蔵主」である……。
甲良町正楽寺の古刹・勝楽寺は、いかなる権威にもとらわれない自由奔放な思想…「婆娑羅」の典型として知られる佐々木道誉(1296~1373)の菩提寺だ。道誉は、坂田郡山東町(現米原市)に生まれ、41歳の時、勝楽寺に移り住み勝楽寺城を築き、拠点とした。茶道、華道、能楽、連歌などを奥深く極め、能楽や狂言の保護と育成に力をそそいだ文化人でもあった。
背後の山は勝楽寺城趾である。登山道が整備され、往復2時間といったところだろうか。途中に、「狐塚」があり、人間に化けた白狐の話が伝わる。
『昔、勝楽寺に璞蔵主(ハクゾウス)という住職がいた。その弟の金左衛門が狩りで動物を殺していることに心を痛めていた住職は、日々、弟に命の尊さを説いていたが、金左衛門はそれを聞き入れようとしなかった。ある日、住職が留守のときに一匹の白狐が璞蔵主に化けて、「殺生をすると罰が当たるぞ」と金左衛門を叱った。しかし、正体を見破った金左衛門は、白狐を柱につるして殺してしまう。後にそのことを知った璞蔵主は弟を諭し、反省した金左衛門は、以来狩りをやめ、正楽寺山中に塚を立てて白狐を長く弔ったという。』
この話を元に狂言の「釣狐」が生まれたといわれている。「釣狐」は、猟師によって一族を釣られた古ギツネが猟師の伯父の僧に化け、キツネ釣りをやめるよう意見しに行くという話だ。
『【図説】日本妖怪大全』(水木しげる・講談社+α文庫)によると、白蔵主(ハクゾウス)」という妖怪は『昔、甲斐(山梨県)は夢山の麓』を舞台として語られ、多少の差異はあるが、話の筋はほぼ甲良町のそれと同じである。甲斐の物語では、狐は白蔵主を食い殺し、白蔵主としてその後50年を生きたという。『このあと、狐が法師に化けること、また、法師で狐に似た行いをするもののことをも「白蔵主」というようになった』とある。
さて……、甲良町の白狐もまた「璞蔵主」として語り継がれているところをみると、語られていない何か大切な部分が欠落してているような気がするのである。
以前は、勝楽寺の璞蔵主の昔話を、「日ごろから殺生をするなと言われていたのを無視していた金左衛門が、白狐を一匹殺めたことを咎められただけで態度を改めるだろうかという点が気になっていた。ひょっとしたら、説教をする兄にうんざりした弟が、その正体は狐ではないかと邪推し、手にかけてしまった事実があったのではないだろうか。そして、文字通り狐が尻尾を出すこともなく、その罪の重さに気づいた弟は、罰が当たったと悔い改めたのではないか――」と考えていた。
狂言は、古狐(シテ)が白蔵主に化ける。シテは化けた狐のままで人に化けるのである。二重に化ける。
そして「璞」の漢字は、「その真価や完成された姿をまだ発揮していないこと」を現している。
金左衛門が、その正体は狐ではないかと邪推するように仕向けたのも白狐であれば、璞蔵主が白狐の姿となり金左衛門に殺められてしまうのも白狐の仕業である。そして、白狐はまんまと璞蔵主に成り代わる。そういう話ではなかったのか……。
勝楽寺「璞蔵主」は、実に興味深いのである。