淡海の妖怪

ガワタにトッコを抜かれてはたまらん!!

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 米原市 2020年7月2日更新

伊吹山文化資料館で展示されている天然記念物イヌワシの幼鳥の剝製

イヌワシと天狗

 一年ほど前、伊吹山文化資料館(米原市春照)の髙橋順之さんからメールをいただいた。「資料館で牧野富太郎に関する企画展をしています。その展示資料の江戸時代の文献に伊吹山の『蜘蛛ノ火』についての記載があります」というものだった。「蜘蛛ノ火」については来月記すことにする。 現在、資料館では国の天然記念物「イヌワシの幼鳥」の剥製を展示している。昨年、伊吹山の山中で負傷し死亡した幼鳥である。
 イヌワシは漢字で「狗鷲」と書く。突出した大きな嘴、発達した視力、広い行動圏、すぐれた飛翔力、大きな翼と扇型の尾羽など、イヌワシは天狗のモデルともいわれている。淡海妖怪学波としては要チェックだ。
 さて、前号で旧東浅井郡びわ町の昔話に登場する河童について話した。そこには解けない謎があった。

デンダとトッコ

 下八木の南西に「デンダイド」という大きな沼があり、「デンダ」という爺さんが住んでいた。デンダが「ナカエリ」という湖のそばへ畑仕事にでかけると、ガワタ(河童の別称)と相撲をとることになった。デンダは相撲に勝ったが、その夜、トッコを抜かれて死んでいた。以後、デンダイドでは「ガワタにトッコを抜かれてはたまらん」といって泳がなくなった。
 これが、ごく簡単なあらすじである。河童は、人を沼や川、湖に引きずり込み、尻から血を吸い、尻子玉を抜き死に至らせる妖怪である。海外では河童のことを「Anus Vampire」ともいい、吸血鬼の仲間として扱われているらしい。尻子玉は、人の肛門の中にある想像上の玉(臓器)で、河童の好物故、肛門吸血鬼という名も納得せざるを得ない。「トッコ」は「尻子玉」のことだろう。デンダ爺さんは尻子玉を抜かれて死んだのだ。
 尻子玉は全国共通の河童の好物だが、前月は、何故、下八木でだけ特別に「トッコ」というのか、解らなかったのである。

「トッコ」は竜神だった

 イヌワシを見学した日、久し振りに『伊吹町史』を開いた。そんな気分だったのだ。僕にとって資料は聖書のようなものかもしれない。必要なときに求めている言葉が現れたり、意味が解ったりするのだ。この夜もそうだった。
 「戸谷の洞窟は町内ではトタニと呼んでいますが、美濃春日村ではトッタニと呼ばれます。トッタニがはるかに古い言葉であることはすぐ推測されます。更にトッタニはトッコタニであったとするときトッコはアイヌ語の毒蛇で竜神を意味します。タネ、タニは住い、ムラを表します。したがって神の居るところと解することが出来ましょう。伊吹の大神を大蛇と想定するとき、日本書紀のヤマトタケル登山のときの大蛇はすなおに理解することが出来ましょう」。
 トッコとは「竜神」のことだったのだ。ならば「ガワタにトッコを抜かれてはたまらん」は、「ガワタに竜神を盗られてはたまらん」と読みかえることができる。

神の交代の話

 旧東浅井郡びわ町の昔話は、デンダイドの所有権がガワタに移り、公にすることが憚られる水をめぐる歴史的事実が隠されているのではないか……と記した。「トッコ」の意味が解ったことで、推理が真実ではなかったのかと思えてくる。
 トッコを「竜神」であるとすると、「デンダイド」に住む「デンダ」は「トッコ」を宿した沼の神である。「ナカエリ」も支配していたのだろう。一旦は相撲で勝ったが、ガワタの夜襲にあい神が交代したという話になる……。
 「デンダ」と「イド」がアイヌ語だとして、意味が解ければ、この話の真実に更に迫ることができるに違いない。

 

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