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淡海の妖怪

皿のない河太郎(河童)

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2020年4月6日更新

 春が訪れると、頭をよぎる妖怪がいる。『高橋敬吉 彦根藩士族の歳時記』(藤野滋編・サンライズ出版)に記されている「河太郎」だ。
 彦根城の琵琶湖側、観音堂筋(馬場1丁目)は彦根藩士たちが暮らしていたところだ。子どもたちは春、水が温む頃、堀で魚釣りを始める(現在は堀での魚釣りは禁止)。当時の堀は深く、はまったら「どちや河太郎に引かれて死ぬ」と、大人達は、子どもを心配し注意を促していたことがわかる。
 もうすぐ、堀の桜が咲き始めると、僕はお堀の河太郎を思う。そして、淡海は水の郷(くに)である。いったいどれほどの、どんな河太郎(河童)がいたのか、ずっと気になっていた。全貌を知りたかったのだ。    
 この課題を解決してくれたのは『河童伝承大事典』(和田寛編・岩田書院)だった。枕にできるほどぶ厚く、頼もしい。そして、これだけの伝承を集める情熱に感動を覚えた。滋賀県の河童に関しては316頁から10頁にわたり書かれている。淡海は水の郷といいながら、思ったほど、河童の伝承は多くない。

 『河童伝承大事典』より、滋賀県内の河童の様子を一部引用しておく。

河童の呼称
「ガタロ」「ガッタ」「カッパ」「カワウソ」「ガワタ」「ガワタラ」「ガワタロ」「カワタロウ」「ガワタロウ」

河童の形状

  • 子供のような姿をしている。
  • 背丈は一メートルぐらいである。
  • 頭の周囲には毛が生え、頭の頂きは禿げている。
  • 頭に皿を被っている。
  • 口は鳥のように尖っている。

河童の習性

滋賀県内では、河童は次のような行いをすると言い伝えている。

  • 川の中から手を伸ばして、人間や馬の尻の穴から肝を抜き取る。
  • 水遊び中に人間の尻子玉を抜く。
  • 人の生き血を吸う。
  • 人を見ると相撲を挑んでくる。
  • 水の中で大きな泡を吹く。
  • 相手の心を見抜くことができる。

河童の好きな物(事)

滋賀県内では、河童は次のような物(事)を好むと言い伝えている。

  • 胡瓜が大好物である。
  • 尻子玉が好きである。
  • 相撲を取るのが好きである。

河童の嫌いな物

滋賀県内では、河童は次のような物(事)を嫌うと言い伝えている。

  • 麻や麻幹(オガラ)が嫌いである。
  • 大角豆(ササゲ)が嫌いである。
  • オブクサン(仏壇に供えた御飯)が嫌いである。
  • 金物(鎌や包丁など)が苦手である。
  • 煙草の煙が苦手である。
  • 火が苦手である。

 『河童伝承大事典』での新しい発見は、滋賀県では河童を「カワウソ」と呼ぶ地域があったということだ。カワウソは、キツネやタヌキと同じように悪戯好きな妖怪として取り扱われる。沖島ではカワウソが人を欺す話、能登川では車夫に化けたカワウソの話がある。『河童伝承大事典』を信じれば、このカワウソは河童だということになる。妖怪カワウソと河童をどのように区別すればいいのか悩ましい。
 河童は蜘蛛や人間にも化けることができる。近江八幡市の河童は好色である。百姓の藤兵衛には美しい女房がいたが、河童はこの女に惚れ込んで、機会あらばと狙っていた。ある日、藤兵衛は所用で出かけたまま夜になっても帰ってこなかったので、河童は藤兵衛に化けて夕飯を食べて寝ることにした。夜半、藤兵衛が帰宅してみると、自分と寸分違わぬ顔かたちをした男が女房と同衾(どうきん:一つ夜具でいっしょにねること)していた。
 更に、大津市では、ガワタロウは「沖の島」の辺りに住んでいるが、盆の頃から「堅田沖」に進出してくる。一説では土用波がたつようになると、堅田でガワタロウが暴れ出すといわれている。
 実に興味深い。
 ところで、僕が河童を河太郎と呼ぶ理由には2つある。 ひとつは、『高橋敬吉 彦根藩士族の歳時記』に河太郎と書かれていること。ふたつ目は、2016年、彦根城博物館で「コレクター大名井伊直亮│知られざる大コレクションの全貌│」という企画展が行われた際、『河太郎図』という展示物があったことである。この『河太郎図』は、墨で描かれ、黒い爪や水掻き、鱗があり、僕らが河童のアイコンのように思っている頭の皿はなく、黒髪のおかっぱに描かれていたのだ。
 彦根藩では、河太郎は皿のない妖怪であると認識していた可能性がある。高橋敬吉もおかっぱ頭の河太郎をイメージしていたのかもしれない。僕は彦根で暮らしているので、河童ではなく河太郎と呼ぶようにしているわけだ。

 

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