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淡海の妖怪

『今昔物語集』より 其の二「目玉しゃぶり」 

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 彦根市 2019年12月5日更新

 インターネット上に、滋賀県の妖怪として「目玉しゃぶり」という妖怪が散見される。絹に包んだ小さな箱を持って瀬田の唐橋に立っている美しい女で、旅人が前を通り過ぎようとすると呼び止められ、「橋のたもとにいる女に届けて欲しい」と頼まれる。怪しいと思いながらも女の美しさ故か、箱を受け取ると、女に「絶対に中を見てはいけない」と念を押される。橋のたもとには別の女がいて、途中、箱を開けなければ何事もないが、開けた者は原因不明の病にかかり命を落とすことになる。不思議なことにその死体からは目玉がえぐり取られていると伝わる。箱の中には大量の目玉が入っているらしい。
 橋の上の女と、たもとの女、どちらが「目玉しゃぶり」なのだろう……。その辺りのことは書いていない。二人とも「目玉しゃぶり」なのだろうか。
 実は、「目玉しゃぶり」も、『今昔物語集』巻第二十七「美濃国紀遠助値女霊遂死語(みののくにのきのとほすけをむなのりやうにあひてつひにしぬること)第二十二」がもとになっている。簡単にまとめるとこんな話だ。
 藤原孝範(ふじわらのたかのり)の従者、紀遠助(きのとおすけ)が京での仕事を終えて、美濃へ帰る途中、勢田(瀬田)の橋の上に女が立っていた。遠助を呼び止め、「どこまでいくのか」と聞くので「美濃まで行こうとしている」と答えた。女は「では、おことづけしたきものがございます」と、ふところから絹に包んだ小さな箱を取りだし「方県郡唐郷の収(かたがたのこおりもろこしのさとのおさめ)の橋の西詰めにいる女房にこれをお渡しください」、「決してこの箱を開けてご覧になってはなりません」と言った。
 やがて遠助は美濃に着いたが、箱を渡すのを忘れ家に持ち帰った。「いずれ出向き、相手を尋ね出して手渡そう」と、物置めいた部屋の調度の上に載せて置いた。遠助の妻は嫉妬心のひどく強い女だった。あの箱はどこぞの女にやろうとして、京からわざわざ買ってきたのではないかと邪推し、遠助が外出した隙に、箱を開けてなかを見てしまった。その中には、えぐり取った人の目玉がごっそり入れてあった。
 妻は仰天し、帰って来た遠助にこれを見せると、「決して見ないでくださいと言っていたのに、困ったことになった」と、蓋をしてもとのように結び、すぐさま件の橋のたもとに持って行った。すると本当に女が現われたので箱を渡し家に帰った。その後、遠助は、「どうも気分が悪い」と言って床についたが、まもなく死んでしまった。嫉妬は女の習いだが、これを聞く人はこの妻を非難したということだ。
 もともとは、「唐」の文字が入った二つの橋に関わる話で、「目玉しゃぶり」という名前も、死んだ遠助の目玉がどうなったのかも書かれていない。「目玉しゃぶり」の名は1970年代中葉から知られるようになるが、『今昔物語』から生まれた妖怪に間違いない。
 興味は、2つの橋に共通する「唐」の文字と、平安時代の女霊と小箱の中味の意味するものは何なのか、謎は深まるばかりである。

参考

  • 『今昔物語集』(小学館)

 

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