先喰烏(せんじきがらす)
淡海の妖怪を調べはじめたのは、高速道路のパーキングで、水木しげるさん監修のキーホルダー型「妖怪図鑑」を買ったのがきっかけだった。翌日、シャワーで頭を洗いながら「淡海にしかいない妖怪を探してみよう」と思った。11月30日、水木さんがお亡くなりになった。妖怪を探していれば何時かはお会いできると思っていたので、とても悔しかった。僕は水木さんの書籍には載っていない淡海の妖怪について話をしたかったのだ。最初は「先喰烏」と決まっていた。水木さんのご冥福を祈りながら、もう一度整理し「先喰烏」について記しておく。読んでいただけたら、何故、一番なのかは解ると思う。
『多賀大社由緒畧記』に「祭りの前に必ず、本殿の脇に据えられた先喰台(せんじきだい)と呼ばれる木の台に神饌の米をお供えする。烏が飛んできて、神饌に穢れがないとこれを啄ばむ。古くは、もし烏が啄ばまない場合は、改めて神饌を造り直したという」と記されている。安土桃山時代の参詣曼荼羅にも「先喰台」と「先喰烏」が描かれている。
今でこそ、不吉な存在として語られることの多いカラスだが、かつては信仰の対象であった。例えば日本では、ミサキ神的な役割を担う存在として登場する。ミサキ神とは、物事の吉凶に先んじて起こる現象のことで、特に、カラスは、吉事の前触れを指す存在として知られている。
記紀神話に登場する「八咫烏(やたがらす)」は、神武東征の際、熊野の山で先に立ち、大和へ先導したといわれている。「八咫烏」は今では日本サッカー協会のシンボルマークにも描かれている。
神前への御供を、先にカラスに食べさせるという神事は、一般的に「御烏喰神事(おとぐいしんじ)」と呼ばれ、愛知県の熱田神宮の摂社である御田神社(みたじんじゃ)では、「烏喰の儀(おとぐいのぎ)」が、広島県の厳島神社では、「御烏喰式(おとぐいしき)」として行われている。
興味深いのは、先喰台が存在するのは日本で唯一多賀大社だけということだ。更に、先喰烏が現れなかった場合、『多賀大社由緒畧記』には、神饌を造り直したとあるが、神饌を造り直すのではなく、摂社の調宮神社(ととのみやじんじゃ)に持っていき、同じ神事をし、それでも現れない場合、杉坂峠神木の三本杉まで持っていった時代もあったという。
正月、多賀大社へ初詣に行くことがあれば、是非、本殿左奥にある先喰台を見てきて欲しい。安土桃山時代には既に存在し、日本で唯一、多賀大社だけにある光景なのだ。