襖のその先にあるもの……

野田版画工房

このエントリーをはてなブックマークに追加 地域: 東近江市 2012年3月5日更新

野田拓真さん、藍子さん夫妻

 緑を含んだ青いうねりと光の具合で文字でも絵でもない紋様が浮かび上がる。しんと静かな日本家屋の中で独特の存在感を 放っている。「野田版画工房」の一室の襖のことである。私の知る襖の柄のどれとも似ていなかった。
 襖を装飾するための紙を唐紙(からかみ)と呼ぶ。野田版画工房は唐紙づくりをはじめ、屏風・衝立・壁紙……、工房を 営む野田拓真さん(34)、藍子さん(34)夫妻の言葉を借りると「紙をつくる工房」である。その工程はデザイン、デザインを版木へおこす、紙の染め、版摺り、仕立てとなり、全てをふたりで行う。
 襖と聞いて思い浮かぶのは、寺院などで見かけるような水墨画や風景、大胆な紋様のものだ。ごく普通の日本家屋なら襖は「仕切り」であって、模様や柄があるかさえ意識したことがなかった。
 「間取りの狭い日本家屋では、空間調和のため、落ち着いた紋様の唐紙が選ばれるのが一般的です。唐紙は主役になったらあかん、物足らんくらいでいいと教えられてきました」。京都の老舗唐紙工房で、唐紙づくりに携わってきた拓真さんは話す。

 唐紙の木版は江戸時代から受け継がれてきたものだ。拓真さんは伝統技術を「そのままに受け継ぐことからの飛躍」が必要だと考えてきた。
 藍子さんはレリーフ制作や身体表現などを通して、自分の内面から湧き上がるものを表す方法を長く模索してきた。ふたりの思いが結びつ いた先が、自分たちの表現としての唐紙づくりだった。結婚そして拓真さんの独立を機に野田版画工房が生まれた。
 摺りの工程を見せていただいた。胡粉(ごふん)という顔料で染めた和紙を雲母(うんも・きらともいう)をふるった版木の上に載せ、手でなぜるように摺る。唐紙の伝統的な技法で、雲母が光の加減で紋様を浮かび上がらせてくれる。灯りがろうそくだった時代、ろうそくの照らし方、炎の揺 れ加減で見え隠れしきらめく……。
「真っ白では面白くないという遊び心、客を招くおもてなしの心。そんな伝統の精神性を継承しながら、新しいカタチの襖をつくりだしていきたいと思います。家を暮らしの舞台として考えたとき、襖が舞台装置となってほしい。心豊かな生活を送るための大切な存在になってほしいと思っています。襖を育てるのはそこに住む人なんです」。
 過ぎゆく時刻、空の模様で家屋の陰影の具合が変化し、照らし出された美しさに心を寄せる……。野田版画工房は、住む人が自分と向き合う襖が生まれる場所だ。

野田版画工房

滋賀県東近江市和南町849 / TEL: 050-5802-9585
http://nodahanga.com/

要予約で工房の見学可能。
襖紙、屏風、衝立、壁紙などの注文・相談についても受け付けている。

店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。

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