とある古民家で過ごす夕暮れ
暮れそうで暮れない夏の夕暮れ、駅を降りて北国街道を南へと歩く。軒の低い古民家のシルエットが連なるまちは、車が時折通るものの少しずつ夜をまとい音が少なくなっていく。一軒、そこだけぽつんと灯りがともるように、古民家を改装したフレンチレストラン「filles de la ferme」(フィーユ・ドゥ・ラ・フェルム)はあった。
「filles de la ferme」では土曜と金曜の夕方から、ディナーのかたわら「夕暮れ小上がりbar」がオープンしている。通りに面した一室の建具を外して開放した小上がりで、夕涼みをしながらひとときを過ごすことができる。飲み物、おつまみなどのメニューが用意されており、フレンチをしっかり食べるというよりは、軽い食事をしながら、空間を楽しむといった雰囲気だ。
「この家を改装工事している時にみつけたんです」と、店主でシェフの徳田綾子さんが指したのは、お店と小上がりの間に立てられた障子。紙の代わりに麻の布が使われている。「蚊帳障子」と言うそうだ。風を招く知恵が生かされた蚊帳障子、現在では珍しいもののようだ。あれは船底天井、キッチンにこんなに窓が多いことは普通ないんですけど、元々の家をなるべく残したかったので…と、建物を案内してくれた徳田さんは、なんだか生き生きしている。「古い家を改装して使う」と一口に言っても、そこには使うひとの考えが現れるだろう。この建物には、古い家に蓄積されたものを取り上げ、吟味して、おもしろがったり、大切に残そうと考えたり、あきらめたり、家と対話する徳田さんの姿がある。
「小上がりbar」も、建具を外してみたら、普段とはがらりと違う開放的な空間があらわれ、夏の夕暮れ時、ここでお客さんにゆっくりしてもらったらどうだろう、と思ったことがきっかけだったという。
訪れたその日は、各地で最高気温が更新された酷暑の日だった。冷房の冷気と真夏の暑気に日がな交互に当てられ、すっかりくたくたになった身を小上がりに落ち着ける。サザエのブルギニヨンを焼き上げるよい匂いが厨房から流れてきて、うっとりする。ハーブシロップを炭酸水で割った飲み物を飲んでいると、風鈴が鳴った。昼間はあんなに暑かったのに、夜の小上がりにはよい風が吹いている。通りを挟んだお向かいの塀を、ちょっとぼんやりながめて過ごす。
帰り際、徳田さんは「黄色になったら食べ時です。母が作っているんです」と、小さなホオズキをいくつか袋に入れてくれた。いちばん黄色に色づいたひとつの実を口に入れてみた。口の中でぷつんと弾けると、甘く、乳製品のようにクリーミーな味がした。これがホオズキ、と驚く。
体温を取り戻すような、夏に風が吹くことへのありがたさを思い出すような時間を過ごすのはどうだろう。このホオズキみたいに贅沢だ。
filles de la ferme
滋賀県長浜市朝日町35-5 / TEL.0749-65-2766
営業時間 17:30~22:00(L.O. 20:30)
日曜日定休 ※9月1~7日は休業
(前後が祝日の場合は日曜も18:00より営業)
※夕暮れ小上がりbarの営業は17:00~20:00、9月いっぱいを予定。
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【はま】