とくべつなかき氷
かき氷って、なんか特別な食べ物だ。夏にしか食べられないからだろうか。夏祭りの思い出につながるからだろうか。いずれにしても、あの綺麗な色の氷の山を崩し始めるとき、私の心はわくわくとして落ち着かない。夏の思い出をより鮮やかにするような、やっぱり特別な食べ物だと思う。
そんなかき氷のなかでも、とりわけ特別なかき氷が、この夏から彦根で食べられるという。それも、肉屋の店頭で売っているというので、驚いた。
彦根旧城下町にある花しょうぶ通り商店街の肉屋、「こにし本店」さん。お昼前になると、コロッケやメンチカツを揚げる匂いが周囲に充満し、たまらない気持ちにさせられるお店だ。近江牛を使ったコロッケがおいしいと噂のこのお店で、かき氷の販売が始まった。なぜお肉屋さんでかき氷が…? というのも、この「こにし本店」の奥さん、小西久子さんのご実家が、栃木県日光で「氷の蔵元」をしているからだというので、謎が氷解した。
氷に「蔵元」があること自体初めて知ったが、久子さんのご実家は明治から続く「松月」という蔵元で、「天然氷」をつくり、販売しているそうだ。冬、山の清水を専用の池に引き込み、そのまま野外で2週間ほどかけて凍らせる。それを切り出して蔵に保存し、夏になると出荷する。単に天然水を凍らせるというだけでなく、周囲の山や風といった環境のなかで凍らせるからこそ「天然氷」といえるのだという。池には屋根などないので、途中で雨や雪が降ってしまうと、全部砕いて流して、氷をつくり直す。「だから冬は、彦根にいても日光の天気が気になって」と久子さん。
松月さんでは、久子さんのお母さんと久子さんで、夏にかき氷の販売を始めたそうだ。評判が評判を呼び、今では行列ができる有名店。以前にそのかき氷を食べた彦根のお義母さんが、おいしかったって言っていたよ、と久子さんがご実家に伝えたところ、店と同じかき氷機を送ってきてくれたのだそうだ。有名店と同じかき氷が作れるということで、「よかったら皆さんにも味わってもらったらと思って」と、かき氷販売が始まった。
氷を機械にセットして起動させ、くるくると器を転がすようにしながら、久子さんはかき氷をつくってくれた。日に何百杯も出るというお店でかき氷をつくっていた手つきはさすが。雪玉のようなかき氷が完成し、久子さんおすすめの、とちおとめのシロップとミルクをかけてもらった。
「氷がふわふわなんですよ」という久子さんの予告は聞いていたけれど、口に入れた瞬間、舌に当たる氷の柔らかさにハッとした。時間をかけてつくられた氷は、普通の氷よりもゆっくりと溶ける。氷なのになんだかやさしくて、そういえば頭がキーンとしなかったことに気づいたとき、氷の不思議を感じた。シロップの味が消えても、舌の温度が戻っても、しばらく口のなかに氷の味が残っているようだった。お腹の中に氷がしんしんと降りていくのが心地よい。
ああ、夏なのだなあ。
近江牛専門店 こにし本店
滋賀県彦根市河原2丁目3-5
TEL: 0120-29-8841 / 0749-22-1334
かき氷販売 土日祝日 13:00〜16:00
※通常営業時間 9:00~18:00 / 定休日 水曜日
店舗等の情報は取材時のものですので、お訪ねになる前にご確認ください。
【はま】