「愛知川」を含む記事一覧

  • 2021年6月30日

    御幸橋と無賃橋 まち・文化

    明治24年の御幸橋(画像提供:土木学会附属土木図書館)撮影時期:明治24年(1891)10月撮影  5月、愛荘町立歴史文化博物館の展示が面白いと書いた。6月、博物館から7月の夏季特別展「愛智河架橋略史—無賃橋と御幸橋—」の案内が届いた。愛知川無賃橋190年・御幸橋架替60年記念、愛荘むら芝居「愛智河架橋」連携...  続きを読む

  • 2014年12月16日

    四七番目の義士・寺坂吉右衛門の墓 まち・文化

     元禄15年12月14日(1703年1月30日)の深夜、47人の赤穂浪士が吉良上野介義央の邸宅に討ち入った。「忠臣蔵」で知られる、赤穂浪士の仇討ち事件だ。  本懐を遂げた浪士たちは、翌年2月4日に切腹。このとき、46人の浪士が切腹した。  残る1人、寺坂吉右衛門は、浪士たちが吉良の首を泉岳寺に供えるときにはすでに隊...  続きを読む

  • 2012年8月2日

    探究心が生んだ珠玉のラーメン お店
    麺屋 半蔵

    屋台をイメージした店内  国道8号線、愛荘町長野北の交差点にある「麺屋 半蔵」は、昨年の5月にオープンしたラーメン店だ。先日の第2回彦根ラーメングランプリでは、「たたき背脂らあめん」で見事準優勝に輝いた。  店主の望月崇司さん(36)は探究心の塊のような人だ。チェーン系飲食店の店長を経てラーメン店を開くことを...  続きを読む

  • 2012年1月2日

    源頼朝が戦勝祈願した「旗神さま」 まち・文化
    源平ゆかりの地 豊満神社

     祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり  沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす  おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし  たけき者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ 愛荘町の豊満神社  平家の栄枯盛衰を描いた平家物語の冒頭である。学生の頃、暗記した人も多いだろう。物語のなかで、死の...  続きを読む

  • 2011年8月1日

    強く、深く願う…… お店
    串だいにんぐ 華楽

    華楽の店内  串だいにんぐ「華楽」(からく)には、オーナーの杉野実希子さんの深い思いや願いが込められている。オープン間もない店内は、その思いや願いを知る人々からのお祝いの花で溢れ、杉野さんの生き方を祝福しているようだった。  「いつかは串揚げと創作料理のお店をしたいと思ったのは、20年ほど前です。大学生の頃の...  続きを読む

  • 2011年5月20日

    伏流水ではなく伏龍水? まち・文化

     愛知川と国道8号線が交わる角に、セルフのガソリンスタンドがある。整備工場も備えた大きな敷地の一画に、龍の口から水が出ていた。  「この『鈴鹿の伏龍水』は鈴鹿山脈の豊かな伏流水を地下108mの井戸から汲み上げた豊富なミネラル分を含む天然水です」という説明書きがあった。湧き水コーナーだとはわかったが、ガソリンスタン...  続きを読む

  • 2011年5月13日

    高靇神 — 龍に戴く冠 まち・文化

     田に水が入る頃、名前の解らない神様に出会った。東近江市池田町辺り、愛知川沿いの堤防にその神様はおられる。雨を冠に龍と書く漢字を読むことができない。「毎月1日と15日に、お花を供えています」という地元の夫人の話では、「水の神様と聞いています」ということだった。愛知川河岸の「高靇神」は、龍神様には違いはなかろ...  続きを読む

  • 2010年2月20日

    湖東・湖北 記憶のケンケンパー まち・文化
    No.2

     『コートには、更に多くのバリエーションがあり、愛知川の50代女性は、石を「ケンーチイッポ」と言いながら投げたという』。というところで前回は終わった。  今回はその続きである。記憶に残っている愛知川のコートは(右図)。難しそうである。  記憶をたどってもらうと、ルールは次のようなものだった。 Aに石を置く(...  続きを読む